キリストの生涯 – マタイによる福音書 – 新約聖書 Matthew – New Testament – Japanese Living Bible

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キリストの生涯 – マタイによる福音書 – 新約聖書

Matthew – New Testament

Japanese Living Bible

ソース:

http://www.biblica.com/en-us/bible/bible-versions/japanese-living-bible/

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BIBLICA

新約聖書

キリストの生涯
聖書の中心はイエス・キリストです。では、いったいキリストとはどういうお方で、何を
なさり、どんなことをお語りになったのでしょうか。ここには、キリストと行動を共にし、
その教えを受け、さまざまな出来事を見聞きした人々の証言を、それぞれ違った観点から
まとめた、四つの記録が収められています。四人の著者は、キリストの直弟子もいれば、
そうでない者もおり、社会的地位も、取税人、青年、医者、漁師と、全く異なります。こ
の四人の目をとおして、キリストの姿が生き生きと描かれています。
マタイの福音書(取税人マタイの記録)
マタイは、税金を取り立てる役人でした。 当時、彼らの中には、不正に多く取り立てて、
自分のものにする者がいたので、人々にきらわれ、軽べつされる職業でした。 しかし、
イエスは、あえてそのような人を弟子になさったのです。 イエスに出会ったマタイの生
活は一変しました。 いっさいを捨てて彼にお従いしたのです。 そしてこのイエスこそ、
以前から神の預言者によって、この世に現われると言われ続けてきた救い主であることを、
人々に伝える者となったのです。

1 初めに、イエス・キリストの先祖の名前を記すことから始めましょう。 イエス・キ
リストはダビデ王の子孫、さらにさかのぼってアブラハムの子孫です。
2 アブラハムはイサクの父、イサクはヤコブの父、ヤコブはユダとその兄弟たちの父で
す。
3 ユダはパレスとザラの父〔彼らの母はタマル〕、パレスはエスロンの父、エスロンはア
ラムの父です。
4 アラムはアミナダブの父、アミナダブはナアソンの父、ナアソンはサルモンの父です。
5 サルモンはボアズの父〔母はラハブ〕、ボアズはオベデの父〔母はルツ〕、オベデはエ
ッサイの父です。
6 エッサイはダビデ王の父、ダビデはソロモンの父〔母は、もとウリヤの妻〕です。
7 ソロモンはレハベアムの父、レハベアムはアビヤの父、アビヤはアサの父です。
8 アサはヨサパテの父、ヨサパテはヨラムの父、ヨラムはウジヤの父です。
9 ウジヤはヨタムの父、ヨタムはアハズの父、アハズはヒゼキヤの父です。
10 ヒゼキヤはマナセの父、マナセはアモンの父、アモンはヨシヤの父です。
11 ヨシヤはエコニヤとその兄弟たちの父です〔彼らは、イスラエルの人たちがバビロ
ンに移住していた時に生まれました〕。
12 バビロンに移住してからは、エコニヤはサラテルの父、サラテルはゾロバベルの父
です。
13 ゾロバベルはアビウデの父、アビウデはエリヤキムの父、エリヤキムはアゾルの父
です。
14 アゾルはサドクの父、サドクはアキムの父、アキムはエリウデの父です。
15 エリウデはエレアザルの父、エレアザルはマタンの父、マタンはヤコブの父です。
16 そして、ヤコブはヨセフの父です〔このヨセフが、キリストと呼ばれるイエスの母
マリヤの夫となった人です〕。
17 こういう次第で、アブラハムからダビデ王までが十四代、ダビデ王からバビロン移
住までが十四代、バビロン移住からキリストまでが十四代となります。
約束されていた救い主
18 イエス・キリストの誕生は次のとおりです。 母マリヤはヨセフと婚約していまし
た。 ところが、結婚する前に、聖霊によってみごもったのです。 19婚約者のヨセフ
は、神の教えを堅く守る人でしたから、婚約を破棄しようと決心しました。 しかし、人
前にマリヤの恥をさらしたくなかったので、ひそかに縁を切ることにしました。
20 ヨセフがこのことで悩んでいた時、御使いが夢に現われて言いました。 「ダビデ
の子孫ヨセフよ。 ためらわないで、マリヤと結婚しなさい。 マリヤは聖霊様によって
みごもったのです。 21彼女は男の子を産みます。 その子をイエス(救い主)と名づ
けなさい。 この方こそ、ご自分を信じる人々を、罪から救ってくださるからです。 22このことはみな、神様が預言者を通して語られた、次のことばが実現するためです。
23 『見よ。 処女がみごもって、男の子を産む。 その子はインマヌエル〔神が私た
ちと共におられる〕と呼ばれる。』」
24 目が覚めると、ヨセフは、御使いの命じたとおり、マリヤと結婚しました。 25
しかし、その子が生まれるまでは、マリヤに触れませんでした。 そして、生まれた子を
イエスと名づけました。

イエスの誕生
1 イエスはヘロデ王の時代に、ユダヤのベツレヘムの町でお生まれになりました。
そのころ、天文学者たちが、東の国からはるばるエルサレムへやって来て、こう尋ねまし
た。 2「このたびお生まれになったユダヤ人の王様は、どこにおられますか。 私たち
は、その方の星をはるか東の国で見たので、その方を拝むために参ったのです。」
3 それを聞いたヘロデ大王は、ひどくうろたえ、エルサレム中がその噂でもちきりにな
りました。 4大王はさっそくユダヤ人の宗教的指導者たちを召集し、「預言者どもは、メ
シヤ(救い主)がどこで生まれると告げているのか」と尋ねました。
5 彼らは答えました。 「ユダヤのベツレヘムです。 預言者ミカがこう書いておりま
す。
6 『小さな町ベツレヘムよ。
おまえはユダヤの中でも決して
ただのつまらない町ではない。
おまえから偉大な支配者が出て、
わたしの国民イスラエルを
治めるようになるからだ。』」
7 それでヘロデは、ひそかに天文学者たちを呼びにやり、例の星が初めて現われた正確
な時刻を聞き出しました。 8そして彼らに、「さあ、ベツレヘムへ行って、その子を捜す
がいい。 見つかったら、必ず知らせてくれ。 わしも、ぜひその方を拝みに行きたいか
ら」と命じました。
9 彼らがさっそく出発すると、なんと、あの星がまた現われて、彼らをベツレヘムに案
内し、とある家の上にとどまったではありませんか。 10それを見た彼らは、躍り上が
って喜びました。
11 その家に入ると、幼子と母マリヤがおられました。 彼らはひれ伏して、その幼子
を拝みました。 そして、宝の箱を開け、金と乳香(香料の一種)と没薬(天然ゴムの樹
脂で、古代の貴重な防腐剤)を贈り物としてささげました。 12それから、ヘロデ大王
に報告するためにエルサレムへは戻らず、そのまま、自分たちの国へ帰って行きました。
神が夢の中で、ほかの道を通って帰るように警告されたからです。
13 彼らが帰ったあと、主の使いが夢でヨセフに現われて言いました。「起きなさい。
幼子とその母を連れて、エジプトに逃げるのです。 そして、帰れと言うまで、ずっとそ
こにいなさい。 ヘロデがこの子を殺そうとしています。」 14ヨセフは、マリヤと幼子
を連れて、その夜のうちにエジプトへ旅立ちました。 15そして、ヘロデ大王が死ぬま
で、そこに住んでいました。 こうして、「わたしは、わたしの子をエジプトから呼び出し
た」という預言者のことばが実現することになったのです。
16 ヘロデは、天文学者たちにだまされたとわかると、怒り狂い、すぐさま、ベツレヘ
ムに兵隊をやって、町とその近辺に住む二歳以下の男の子を一人残らず殺せ、と命じまし
た。 というのは、学者たちが、その星は二年前に現われたと言っていたからです。 1
7ヘロデのこの残忍な行為によって、エレミヤの次の預言が実現しました。
18 「ラマから声が聞こえる。
苦しみの叫びと、大きな泣き声が。
ラケルが子供たちのために泣いている。
だれも彼女を慰めることができない。
子供たちは死んでしまったのだから。」
19 ヘロデが死ぬと、エジプトに住むヨセフの夢に主の使いが現われ、 20「さあ、
子供とその母を連れてイスラエルに帰りなさい。 子供を殺そうとしていた者たちは死ん
だから」と言いました。
21 そこでヨセフは、イエスとマリヤを連れて、すぐイスラエルに帰りました。 22
ところが途中で、新しい王はヘロデの息子アケラオだと聞いてこわくなりました。 する
ともう一度、夢で、ユダヤ地方に行くなと警告されたので、ガリラヤに行き、 23ナザ
レという町に住みつきました。 こうして、預言者がメシヤのことを、「彼はナザレ人と呼
ばれる」と語ったとおりになったのです。

バプテスマのヨハネ
1 ヨセフ一家がナザレに住んでいたころ、バプテスマのヨハネがユダヤの荒野で教えを
宣べ伝え始めました。 彼の訴えることは、いつも同じでした。 2「悔い改めて、神様
に立ち返れ。 天国が近づいたからだ。」 3このバプテスマのヨハネの働きについては、
数百年前、すでに、預言者イザヤが語っています。
「荒野から叫ぶ声が聞こえる。
『主のための道を準備せよ。
主が通られる道をまっすぐにせよ。』」
4 ヨハネはらくだの毛で織った服に皮の帯をしめ、いなごとはち蜜を常食にしていまし
た。 5このヨハネの教えを聞こうと、エルサレムやヨルダン川流域だけでなく、ユダヤ
の全地方から、人々が荒野に押しかけました。 6神にそむく生活を送っていたことを全
面的に認め、それを言い表わした人たちに、ヨハネはヨルダン川でバプテスマ(洗礼)を
授けました。
7 ところが、パリサイ人(特におきてを守ることに熱心なユダヤ教の一派)やサドカイ
人(神殿を牛耳っていた祭司階級。 ユダヤ教の主流派)が大ぜい、バプテスマを受けに
来たのを見て、ヨハネは彼らをきびしくしかりつけました。 「まむしの子らめっ! だ
れがおまえらに、もうすぐ来る神のさばきから逃れられると言ったのか。 8バプテスマ
を受ける前に、悔い改めにふさわしい行ないをせよ。 9『自分はユダヤ人だから、アブ
ラハムの子孫だから大丈夫』などとは思ってもみるな。 そんなことは何の役にも立たな
い。 神様はこんな石ころからでも、今すぐアブラハムの子孫をお造りになれるのだ。
10 今の今でも、神様はさばきの斧をふり上げ、実のならない木を切り倒そうと待ちか
まえておられる。 そんな木はすぐにも切り倒され、燃やされるのだ。
11 私は今、罪を悔い改める者たちに水でバプテスマを授けている。しかし、まもなく、
私など比べものにもならない、はるかに偉大な方がおいでになる。 その方のしもべとな
る値打さえ、私にはない。 その方は、聖霊と火でバプテスマをお授けになる。 12刈
り入れの時が来たら、麦ともみがらをふるい分け、麦は倉に納め、もみがらは永久に消え
ない火で焼きすててしまわれる。」
イエス、バプテスマを受ける
13 そのころイエスは、ガリラヤからヨルダン川へ来て、ヨハネからバプテスマ(洗礼)
を受けようとなさいました。 14ところが、ヨハネはそうさせまいとして言いました。
「とんでもない。 私こそ、あなた様からバプテスマを受けなければなりませんのに。」
15 しかしイエスが、「今はそうさせてもらいたい。 なすべきことは、すべてしなけれ
ばならないのですから」とお答えになり、ヨハネからバプテスマをお受けになりました。
16 イエスが、バプテスマを受けて水から上がって来られると、突然天が開け、イエス
は、神の御霊が鳩のようにご自分の上にお下りになるのをごらんになりました。 17そ
の時、天から声が聞こえました。「これこそ、わたしの愛する子。 わたしは彼を心から喜
んでいる。」

イエス、悪魔に試される
1 それからイエスは、聖霊に導かれて荒野にお出かけになりました。悪魔に試されるた
めでした。 2イエスはそこで、まる四十日間、何一つ口にされなかったので、空腹を覚
えられました。 3その時です、悪魔が誘いかけてきたのは。 「どうだい。 ひとつ、
ここに転がっている石をパンに変えてみたら? そうすりゃあ、あんたが神の子だという
ことも一目瞭然だろうが。」
4 しかしイエスは、お答えになりました。 「それは違う。 聖書(旧約)には、『人は
ただパンだけで生きるのではなく、神の口から出る一つ一つのことばによる』と書いてあ
る。 わたしたちは、神のすべてのことばに従うべきなのです。」
5 それから悪魔は、イエスをエルサレムに連れて行き、神殿の一番高い所に立たせて言
いました。 6「さあ、ここから飛び降りてみろ。そうすりゃあ、あんたが神の子だとい
うことがわかるだろうよ。 聖書(旧約)に、『神は、御使いを送って、あなたを支えさせ、
あなたが岩の上に落ちて砕かれることのないように守られる』と、はっきり書いてあるん
だから。」
7 イエスは言い返されました。 「『あなたの神である主を試してはならない』とも書い
てあるではないですか。」
8 次に悪魔は、非常に高い山の頂上にイエスを連れて行きました。そして、世界の国々
とその繁栄ぶりとを見せ、 9「さあさあ、ひざまずいて、このおれ様を拝みさえすりゃ
あ、これを全部あんたにやるよ」とそそのかしました。
10 「立ち去れ、サタン! 『神である主だけを礼拝し、主にだけ従え』と聖書(旧約)
に書いてあるではないか。」イエスは悪魔を一喝なさいました。
11 すると、悪魔は退散し、御使いたちが来て、イエスに仕えました。
イエス、教え始める
12 イエスは、ヨハネが捕らえられたと聞くと、ユダヤを去って、ガリラヤのナザレに
お帰りになり、 13まもなく、ゼブルンとナフタリに近い、ガリラヤ湖畔のカペナウム
に移られました。 14これは、イザヤの預言が実現するためでした。
1516「ゼブルンとナフタリの地、海沿いの道、
ヨルダン川の向こう岸、
多くの外国人が住んでいる北ガリラヤ。
そこで暗やみの中にうずくまっていた人たちは、
大きな光を見た。
死の陰の地に座っていた彼らの上に、
光が差した。」
17 その時から、イエスは教えを宣べ伝え始められました。「悔い改めて神に立ち返りな
さい。 天国が近づいているから。」
18 ある日、イエスが、ガリラヤ湖の岸辺を歩いておられると、シモン〔別名ペテロ〕
とアンデレの二人の兄弟が舟に乗り、網で漁をしているのに出会いました。 彼らは漁師
でした。
19 イエスが、「わたしについて来なさい。 人間をとる漁師にしてあげよう」と声をお
かけになると、 20二人はすぐに網を捨て、イエスについて行きました。
21 しばらく行ったところで、今度は別の二人の兄弟ヤコブとヨハネが、父のゼベダイ
といっしょに、舟の中で網を修繕しているのを見つけ、そこでも、ついて来るようにと声
をおかけになりました。 22彼らはすぐ仕事をやめ、父をあとに残して、イエスについ
て行きました。
23 イエスはガリラヤ中を旅して、ユダヤ人の会堂で教え、あらゆる場所で、天国につ
いてのすばらしい知らせを宣べ伝え、さらに、あらゆる種類の病気や病弱を治されました。
24このイエスの奇蹟の評判は、ガリラヤの外にまで広がったので、シリヤのような遠方
からも、人々は病人を連れてやって来ました。 その病気や痛みがどのようなものであろ
うと、悪霊に取りつかれた人であれ、てんかんの人であれ、中風の人であれ、一人残らず
治るのです。 25こうして、イエスがどこに行かれても、たいへんな数の群衆があとに
ついて行きました。 それは、ガリラヤ、デカポリス、エルサレム、ユダヤのあらゆる所
から来た人々で、中にはヨルダン川の向こうから来た人もいました。

山上の教え
12ある日、大ぜいの人が集まって来たので、イエスは弟子たちを連れて山に登り、そこ
に腰をおろして、彼らにお教えになりました。
3 「心の貧しさを知る謙そんな人は幸福です。 天国はそういう人に与えられるからで
す。 4悲しみ嘆いている人は幸福です。 そういう人は慰められるからです。 5柔和
で高ぶらない人は幸福です。 全世界はそういう人のものになるからです。
6 神の前に、正しく良い者になりたいと心から願っている人は幸福です。 そういう人
の願いは完全にかなえられるからです。 7親切であわれみ深い人は幸福です。 そうい
う人はあわれみを受けるからです。 8心のきよい人は幸福です。 そういう人は親しく
神とお会いできるからです。 9平和をつくり出そうとしている人は幸福です。 そうい
う人は神の子供と呼ばれるからです。 10正しい者だというので迫害されている人は幸
福です。 天国はそういう人のものだからです。
11 わたしの弟子だというので、悪口を言われたり、迫害されたり、ありもしないこと
を言いふらされたりしたら、なんとすばらしいことでしょう。 12喜びなさい。 躍り
上がって喜びなさい。 天国では、目を見張るようなごほうびが待っているからです。 昔
の預言者たちも、そのように迫害されたことを思い出しなさい。
13 あなたがたは、世の塩です。 もしあなたがたが塩けをなくしてしまったら、この
世はどうなるでしょう。 あなたがたも、無用のものとして外に捨てられ、人々に踏みつ
けられてしまうのです。 14あなたがたは世の光です。 丘の上にある町は、夜になる
と灯がともり、だれにもよく見えるようになります。 1516あなたがたの光を隠して
はいけません。 すべての人のために輝かせなさい。 だれにも見えるように、あなたが
たの良い行ないを輝かせなさい。 そうすれば、人々がそれを見て、天におられるあなた
がたの父を、ほめたたえるようになるのです。
17 誤解してはいけません。 わたしは、モーセの法律や預言者の教え(旧約聖書)を
無効にするために来たのではありません。 かえって、それを完成させ、ことごとく実現
させるために来たのです。 18よく言っておきますが、聖書(旧約)にあるどんなおき
ても、その目的が完全に果たされるまで、無効になることはありません。 19ですから、
どんな小さいおきてでも、破ったり、また人にも破るように教えたりする人は、天国で最
も小さい者となります。 しかし、神のおきてを教え、また自分でもそれを実行する人は、
天国で偉大な者となります。
20 よく聞きなさい。 パリサイ人や、ユダヤ人の指導者たちは、神のおきてを守って
いるのは自分たちだと言いはります。 だが、いいですか。 彼ら以上に正しくなければ、
あなたがたは天国には入れません。
21 モーセの法律では、『人を殺した者は、死刑に処す』とあります。 22しかし、わ
たしはさらにこうつけ加えましょう。 人に腹を立てるなら、たとい相手が自分の家族で
あっても、裁判にかけられます。 友達をばか呼ばわりするなら裁判所に引っぱり出され
ます。 友達をのろったりするなら、地獄の火に投げ込まれます。
23 ですから、神殿の祭壇に供え物をしようとしている時、何か友達に恨まれているこ
とを思い出したら、 24供え物はそのままにして、相手に会ってあやまり、仲直りする
ことです。 神に供え物をするのはそのあとにしなさい。 25あなたを告訴する人と、
一刻も早く和解しなさい。 裁判所に引っぱって行かれてからでは、間に合いません。 そ
うなったら、あなたは留置場に放り込まれ、 26最後の一円を払い終えるまで、出て来
られないでしょう。
27 モーセの法律では、『姦淫してはならない』とあります。 28しかし、わたしは言
いましょう。 だれでも、みだらな思いで女性を見るなら、それだけでもう、心の中では
姦淫したことになるのです。 29ですから、もしあなたの目が情欲を引き起こすなら、
その目を〔それが良いほうの目であっても〕えぐり出して捨てなさい。 体の一部を失っ
ても、体全体が地獄に投げ込まれるより、よっぽどましです。 30また、もしあなたの
手が罪を犯させるなら、〔たといきき腕であっても〕そんな手は切り捨てなさい。 地獄に
落ちるより、そのほうがどんなにましでしょう。
31 また、モーセの法律では、『離縁状を手渡すだけで、妻を離縁できる』とあります。
32しかし、わたしは言いましょう。 だれでも、不倫以外の理由で妻を離縁するなら、
その婦人が再婚した場合、彼女にも、彼女と結婚する相手にも姦淫の罪を犯させることに
なるのです。
33 さらに、モーセの法律では、『いったん神に立てた誓いは、破ってはならない。 ど
んなことがあっても、みな実行しなければならない』とあります。 34しかし、わたし
は言いましょう。 どんな誓いも立ててはいけません。 たとい『天にかけて』と言って
も、神に誓うのと同じです。 天は神の王座だからです。 35『地にかけて』と言って
もいけません。 地は神の足台だからです。 また『エルサレムにかけて』と言って誓っ
てもいけません。 エルサレムは大王である神の都だからです。 36『私の頭にかけて』
と言って誓ってもいけません。 あなたがたは髪の毛一本さえ白くも黒くもできないから
です。 37ただ『はい、そうします』とか、『いいえ、そうしません』とだけ言いなさい。
それで十分です。 誓いを立てることで約束を信じてもらおうとするのは、悪いことです。
38 モーセの法律では、『人の目をえぐり出した者は、自分の目もえぐり出される。 人
の歯を折った者は、自分の歯も折られる』とあります。 39しかし、わたしはあえて言
いましょう。 暴力に暴力で手向かってはいけません。 もし右の頬をなぐられたら、左
の頬も向けてやりなさい。 40借金のかたに下着を取り上げようとする人には、上着も
やりなさい。 41荷物を一キロ先まで運べと命令されたら、二キロ先まで運んでやりな
さい。 42何か下さいと頼む人には与え、借りに来た人を手ぶらで追い返さないように
しなさい。
43 『隣人を愛し、敵を憎め』とは、よく言われることです。 44しかし、わたしは
言いましょう。 敵を愛し、迫害する人のために祈りなさい。 45それこそ、天の父の
子供であるあなたがたに、ふさわしいことです。 天の父は、悪人にも善人にも太陽の光
を注ぎ、正しい人にも正しくない人にもわけ隔てなく雨を降らせてくださいます。 46
自分を愛してくれる人だけを愛したからといって、取り立てて自慢できるでしょうか。 な
らず者でも、そのくらいのことはしています。 47気の合う友達とだけ親しくしたとこ
ろで、ほかの人とどこが違うと言えるでしょう。 神を信じない人でも、そのくらいのこ
とはします。 48ですから、あなたがたは、天の父が完全であるように、完全でありな
さい。

1 人にほめられようと、人前で善行を見せびらかさないようにしなさい。 そんなこと
をすれば、天の父からごほうびをいただけません。 2貧しい人にお金や物を恵む時には、
偽善者たちのように、そのことを大声で宣伝してはいけません。 彼らは、人目につくよ
うに、会堂や街頭で鳴り物入りで慈善行為をします。 いいですか、よく言っておきます
が、そういう人たちは、もうそれで、ごほうびはもらったのです。 3ですから、人に親
切にする時は、右手が何をしているか左手でさえ気づかないくらいに、こっそりとしなさ
い。 4そうすれば、隠れたことはどんな小さなことでもご存じの天の父から、必ずごほ
うびがいただけます。
神様に聞かれる祈り
5 ここで、祈りについて注意しておきましょう。 人の見ている大通りや会堂で、さも
信心深そうに祈って見せる偽善者のように祈ってはいけません。 よく言っておきますが、
そういう人たちは、もうそれで、賞賛を受けてしまったのです。 6祈る時には、一人で
部屋に閉じこもり、父なる神に祈りなさい。 隠れたことはどんな小さなことでもご存じ
のあなたの父から、必ずごほうびがいただけます。
7 ほんとうの神を知らない人たちのように、同じ文句をくどくど唱えてはいけません。
彼らは、同じ文句をくり返しさえすれば、祈りが聞かれると思っているのです。 8いい
ですか。 父なる神は、あなたがたに何が必要かを、あなたがたが祈る前からすでに、ご
存じなのです。
9 ですから、こう祈りなさい。
『天におられるお父様。
あなたのきよい御名があがめられますように。
10 あなたの御国がいま来ますように。
天の御国でと同じように、この地上でも、
あなたのみこころが行なわれますように。
11 私たちに必要な日々の食物を、今日もお与えください。
12 私たちの罪をお赦しください。
私たちも、私たちに罪を犯す者を赦しました。
13 私たちを誘惑に会わせないように守り、
悪い者から救い出してください。アーメン。』
14もしあなたがたが、自分に対して罪を犯した人を赦すなら、天の父も、あなたがたを
赦してくださいます。 15しかし、あなたがたが赦さないなら、天の父も、あなたがた
を赦してくださいません。
16 次に、断食についてですが、神のことだけに心を集中したくて断食をする時は、偽
善者たちのような、人目につくやり方は避けなさい。彼らは、やつれた顔をわざと見せつ
け、同情を買おうとします。よく言っておきますが、そういう人たちは、もうそれで、賞
賛を受けてしまったのです。 17断食をする時は、むしろ晴着をまといなさい。 18
そうすれば、だれもあなたが断食をしているとは気づかないでしょう。 しかし、あなた
の父は、どんなことでもご存じです。 そして、報いてくださるのです。
19 財産を、この地上にたくわえてはいけません。 地上では、損なわれたり、盗まれ
たりするからです。 20財産は天にたくわえなさい。そこでは、価値を失うこともない
し、盗まれる心配もありません。 21あなたの持ち物が天にあるなら、あなたの心もま
た天にあるのです。
22 目が澄みきっているなら、あなたのたましいも輝いているはずです。 23しかし、
目が、悪い考えや欲望でくもっているなら、あなたのたましいは暗やみの中にいるのです。
その暗やみのなんと深いことか!
24 だれも、神とお金の両方に仕えることはできません。 必ず、どちらか一方を憎ん
で、他方を愛するからです。
25 ですから、食べ物や飲み物、着物のことで心配してはいけません。今、現に生きて
いる、そのことのほうが、何を食べ、何を着るかということより、ずっと大事です。 2
6空の鳥を見なさい。 食べ物の心配をしていますか。 種をまいたり、刈り取ったり、
倉庫にため込んだりしていますか。 そんなことをしなくても、天の父は鳥を養っておら
れるでしょう。 まして、あなたがたは天の父にとって鳥よりはるかに価値があるのです。
27だいたい、どんなに心配したところで、自分のいのちを一瞬でも延ばすことができま
すか。
28 また、なぜ着物の心配をするのですか。 野に咲いているゆりの花を見なさい。 着
物の心配などしていないでしょう。 29それなのに、栄華をきわめたソロモンでさえ、
この花ほど美しくは着飾っていませんでした。 30今日は咲いていても、明日は枯れて
しまう草花でさえ、神はこれほど心にかけてくださるのです。 だとしたら、あなたがた
のことは、なおさらよくしてくださるでしょう。 ああ、全く信仰の薄い人たち。
31 ですから、食べ物や着物のことは、何も心配しなくていいのです。 32ほんとう
の神を信じない人たちのまねをしてはいけません。 彼らは、このような物がたくさんあ
ることを鼻にかけ、そうした物に心を奪われています。 しかし、天の父は、それらがあ
なたがたに必要なことは、よくご存じです。 33神を第一とし、神が望まれるとおりの
生活をしなさい。 そうすれば、必要なものは、神が与えてくださいます。
34 明日のことを心配するのはやめなさい。 神は明日のことも心にかけてくださるの
ですから、一日一日を力いっぱい生き抜きなさい。

1 人のあら捜しはいけません。 自分もそうされないためです。 2なぜなら、あなた
がたが接するのと同じ態度で、相手も接してくるからです。 3自分の目に材木を入れた
ままで、どうして人の目にある、おがくずほどの小さなごみを気にするのですか。 4材
木が目をふさいで、自分がよく見えないというのに、どうして、『目にごみが入ってるよ。
取ってあげよう』などと言うのですか。 5偽善者よ。 まず自分の目から材木を取り除
きなさい。 そうすれば、はっきり見えるようになって、人を助けることができます。
6 聖なるものを犬に与えてはいけません。 真珠を豚にやってはいけません。 豚は真
珠を踏みつけ、向き直って、あなたがたに突っかかって来るでしょう。
7 求めなさい。 そうすれば与えられます。 捜しなさい。 そうすれば見つかります。
戸をたたきなさい。 そうすれば開けてもらえます。 8求める人はだれでも与えられ、
捜す人はだれでも見つけ出します。 戸をたたきさえすれば開けてもらえるのです。 9
パンをねだる子供に、石ころを与える父親がいるでしょうか。 10『魚が食べたい』と
言う子供に、毒蛇を与える父親がいるでしょうか。 いるわけがありません。 11罪深
いあなたがたでさえ、自分の子供には良い物をやりたいと思うのです。 だったらなおの
こと、あなたがたの天の父が、求める者に良い物を下さらないことがあるでしょうか。
12 人からしてほしいと思うことを、そのとおり、人にもしてあげなさい。 これがモ
ーセの法律の要約です。
天国への道は狭い
13 狭い門を通らなければ、天国に入れません。 人を滅びに導く道は広く、大ぜいの
人がその楽な道を進み、広い門から入って行きます。 14しかし、いのちに至る門は小
さく、その道は狭いので、ほんのわずかな人しか見つけることができません。
15 偽教師たちに気をつけなさい。 彼らは羊の毛皮をかぶった狼だから、あなたがた
を、ずたずたに引き裂いてしまうでしょう。 16彼らの行ないを見て、正体を見抜きな
さい。 ちょうど、木を見分けるように。 実を見れば、何の木かはっきりわかります。
ぶどうといばら、いちじくとあざみとを見まちがえることなど、ありえません。 17食
べてみれば、どんな木かすぐにわかります。 18おいしい実をつける木が、まずい実を
つけるはずはないし、まずい実をつける木が、おいしい実をつけるはずもありません。 1
9まずい実しかつけない木は、結局は切り倒され、焼き捨てられてしまいます。 20木
でも人でも、それを見分けるには、どんな実を結ぶかを見ればよいのです。
21 信心深そうな口をきく人がみな、ほんとうにそうだとは限りません。 そういう人
たちは、わたしに向かって『主よ、主よ』と言うでしょう。 けれども天国に入れるわけ
ではありません。 天におられるわたしの父のみこころに従うかどうかが決め手です。 2
2最後の審判の時、大ぜいの人が弁解するでしょう。 『主よ、主よ。 私たちは熱心に
伝道しました。 あなたのお名前を使って悪霊を追い出し、すばらしい奇蹟を何度も行な
ったじゃありませんか。』 23しかし、わたしはこう宣告します。 『あなたがたのこと
は知らない。 ここから出て行きなさい! あなたがたがしたのは悪いことばかりではあ
りませんか。』
24 わたしの教えを聞いて、そのとおり忠実に実行する人はみな、堅い岩の上に家を建
てる賢い人に似ています。 25大雨が降り、大水が押し寄せ、大風が吹きつけても、そ
の家はびくともしません。 土台がしっかりしているからです。
26 反対に、わたしの教えを聞いても、それを無視する人は、砂の上に家を建てる愚か
な人に似ています。 27大雨、大水、大風が襲いかかると、その家はあとかたもなく、
こわれてしまうからです。」 28群衆は、イエスの教えに目をみはりました。 29どん
なユダヤ人の指導者たちとも違い、特別な権威をもってお語りになっていたからです。

イエス、病気を治す
1 イエスが山を下られると、大ぜいの群衆がついて来ました。
2 その時です。 らい病人が一人、イエスに駆け寄り、足下にひれ伏しました。 「先
生。 お願いですから、私を治してください。 お気持ちひとつで、おできになるのです
から。」
3 イエスはその男にさわり、「そうしてあげましょう。 さあ、よくなりなさい」と言わ
れました。 するとたちまち、らい病はあとかたもなくきれいに治ってしまいました。
4 「さあ、道草を食わないで、まっすぐ祭司のところに行き、体を調べてもらいなさい。
モーセの法律にあるとおり、らい病が治った時のささげ物をしなさい。 完全に治ったこ
とを人々の前で証明するのですよ。」
56イエスが、カペナウムの町に入られると、ローマ軍の隊長がやって来て、「先生。 う
ちの若い召使が体の麻痺で苦しんでおります。 とてもひどく、起き上がることもできま
せん。 どうか治してやってください。 お願いします」としきりに頼みます。
7 「わかりました。 では、行って治してあげましょう」とイエスは承知なさいました。
8 ところが、隊長の返事はこうでした。 「先生。 私には、あなた様を家にお迎えす
るだけの資格はありません。 わざわざご足労いただかなくても、ただこの場で、『治れ』
と言ってくださるだけでけっこうです。 そうすれば、召使は必ず治ります。 9と申し
ますのは、私も上官に仕える身ですが、その私の下にも部下が大ぜいおります。 その一
人に私が『行け』と言えば行きますし、『来い』と言えば来ます。 また奴隷に『あれをや
れ。 これをやれ』と命じると、そのとおりにします。 私にさえそんな権威があるので
すから、先生の権威で、病気に『出て行け』とお命じになれば、必ず治るはずです。」
10 イエスはたいへん驚き、群衆のほうをふり向いて言われました。「これほど信仰深い
人は、イスラエル中でも見たことがありません。 11いいですか、皆さん。 やがて、
この人のような外国人が大ぜい、世界中からやって来て、天国で、アブラハム、イサク、
ヤコブといっしょに席に着くでしょう。 12ところが、天国はもともとイスラエル人の
ために準備されたのに、たくさんの人が入りそこねて、外の暗やみに放り出され、泣きわ
めき、もだえ苦しむことになるのです。」
13 それから、ローマ軍の隊長に、「さあ、家に帰りなさい。 あなたの信じたとおりの
ことが起こっています」と言われました。 ちょうどその時刻でした。 召使の病気が治
ったのは。
14 イエスがペテロの家に行かれると、ペテロのしゅうとめが、高熱でうなされていま
した。 15ところが、イエスがその手におさわりになると、たちまち熱がひき、彼女は
起き出して、みんなの食事の仕たくを始めたではありませんか。
16 その夕方のことです。 悪霊に取りつかれた人たちが、イエスのところに連れて来
られました。 イエスが、ただひと言お命じになると、たちまち悪霊どもは逃げ出し、病
人はみな治りました。 17こうして、イエスについてイザヤが、「彼は、私たちの病弱を
身に引き受け、私たちの病気を背負った」と預言したとおりになったのです。
イエス、嵐を静める
18 イエスは、自分を取り巻く群衆の数がだんだんふくれ上がっていくのに気づき、湖
を渡る舟の手配を弟子たちにお命じになりました。
19 ちょうどその時、ユダヤ教の教師の一人が、「先生。 あなた様がどこへ行かれよう
と、ついてまいります」と申し出ました。
20 しかし、イエスは言われました。「きつねにも穴があり、鳥にも巣があります。 し
かし、メシヤ(救い主)のわたしには自分の家はおろか、横になる所もありません。」
21 また、ある弟子は、「先生。 ごいっしょするのは、父の葬式を出してからにしたい
のですが」と言いました。
22 けれどもイエスは、「いや、今いっしょに来なさい。 死人のことは、あとに残った
者たちに任せておけばいいのです」とお答えになりました。
23 それから、イエスと弟子たちの一行は舟に乗り込み、湖を渡り始めました。 24
すると突然、激しい嵐になりました。 舟は今にも、山のような大波にのまれそうです。
ところが、イエスはぐっすり眠っておられます。
25 弟子たちはあわてて、イエスを揺り起こし、「主よ。 お助けください。 沈みそう
です」と叫びました。
26 ところがイエスは、「なんということでしょう! それでも神を信じているのです
か。 そんなにこわがったりして」と答えられると、ゆっくり立ち上がり、風と波をおし
かりになりました。 するとどうでしょう。 嵐はぴたりとやみ、大なぎになったではあ
りませんか。 27弟子たちは恐ろしさのあまり、その場に座り込み、「いやはや、なんと
いうお方だろう。 風や湖までが従うとはなあ!」と、ささやき合いました。
28 やがて、舟は湖の向こう岸に着きました。 ガダラ人の住む地方です。 と、そこ
に、二人の男がやって来ました。 実はこの二人は悪霊に取りつかれ、墓場をねぐらにし
ている人たちでした。 何をされるか分かったものではないので、だれもそのあたりに近
寄りませんでした。
29 二人は、イエスに大声でわめき立てました。 「やいやい、おれたちをどうしよう
ってんだい。 確かに、お前さんは神の子さ。 だがな、今はまだ、おれたちを苦しめる
権利はないはずだぜ。」
30 さて、ずっと向こうのほうでは、豚の群れが放し飼いになっていました。 31そ
こで悪霊どもは、「もし、おれたちを追い出すんだったら、あの豚の群れの中に入れてくれ」
と頼みました。
32 イエスは、「よし、出て行け」とお命じになり、悪霊どもは男たちから出て、豚の中
に入りました。 そのとたん、群れはまっしぐらに走りだし、湖めがけていっせいに、が
けを駆け降り、おぼれ死んでしまいました。 33びっくりした豚飼いたちが、近くの町
に逃げ込み、事の一部始終をふれ回ると、 34それこそ町中の人がこぞって押しかけ、
これ以上迷惑をかけてもらいたくないから、ここを立ち去ってくれと、イエスに頼みまし
た。

医者が必要なのは?
1 それで、イエスは舟に乗り込み、自分の町カペナウムに帰られました。
2 そうこうするうち、数人の人が、中風の男を運んで来ました。 それも、身動きでき
ない病人なので、床に寝かせたまま。 必ず治していただけると信じていたからです。 イ
エスはこの人たちの信仰を見て、病人に、「さあ、元気を出しなさい。 わたしがあなたの
罪を赦したのですから」と言われました。
3 「なんて罰あたりなことばだ! まるで、自分が神だと言っているようなもんじゃな
いか。」ユダヤ教の指導者のある者は、腹の中が煮えくり返る思いでした。
4 イエスは、彼らの心中を見抜いて、「なぜそんな悪いことを考えているのですか。 5
6この人に『あなたの罪が赦されました』と言うのと、『起きて歩きなさい』と言うのと、
どちらがやさしいですか。さあ、わたしに地上で罪を赦す権威があることを証明してみせ
ましょう」と言い、向き直って、中風の男に命令なさいました。「さあ、起きて、床をたた
み、家に帰りなさい。 もう治ったのですから。」
7 すると男はとび起き、家に帰って行きました。
8 この有様を目のあたりにした群衆は、恐ろしさのあまり、震え上がりました。 そし
て、このような権威を人間にお与えになった神を、ただただ、ほめたたえるばかりでした。
9 イエスはそこを去り、道を進んで行かれました。 途中、マタイという取税人が税金
取立所に座っていたので、「来なさい。 わたしの弟子になりなさい」と声をおかけになる
と、マタイはすぐ立ち上がり、あとについて来ました。
10 そのあと、イエスと弟子たちは、マタイの家で夕食をなさることになり、取税人仲
間や名うての詐欺師たちも大ぜい招かれました。
11 これを見たパリサイ人たちはかんかんになり、弟子たちに、「あんたがたの先生は、
どうしてあんなひどい連中とつき合うんだい」と食ってかかりました。
12 「健康な人には医者はいりません。 医者が必要なのは病人です。」イエスはこうお
答えになり、 13さらにことばを続けられました。「聖書(旧約)に『わたしが喜ぶのは、
いけにえやささげ物ではなく、あなたがたがあわれみ深くなることである』とあります。
このほんとうの意味を、もう一度学んできなさい。 わたしは、自分を正しいと思ってい
る人たちのためにではなく、罪人を神に立ち返らせるために来たのです。」
14 ある日、バプテスマのヨハネの弟子たちがイエスのところに来て、尋ねました。「な
ぜ、先生のお弟子さんたちは、私たちやパリサイ人のようには断食しないのですか。」
15 するとイエスは、こうお話しになりました。「花婿の友達は、花婿がいっしょにいる
間は、嘆き悲しんだり食事をしなかったりするでしょうか。 しかし、やがて花婿のわた
しが、彼らから引き離される日が来ます。 その時こそ断食するでしょう。
16 水洗いしていない布で、古い着物に継ぎ当てをする人がいるでしょうか。 そんな
ことをしたら、当て布は縮んで着物を破り、穴はもっと大きくなるでしょう。 17また、
新しいぶどう酒を貯蔵するのに、古い皮袋を使う人がいるでしょうか。 そんなことをし
たら、古い皮袋は新しいぶどう酒の圧力で張り裂け、ぶどう酒はこぼれ、どちらも台なし
になってしまいます。 新しいぶどう酒を貯蔵するには、新しい皮袋を使います。 そう
すれば両方とも、もつのです。」
18 このように話しておられると、町の会堂管理人が駆け込んで来ました。 そしてイ
エスの前にひれ伏し、「先生。 うちの娘がたったいま息を引き取りました。 まだ幼いの
に……。 お願いです。 あの子を生き返らせてください。 ちょっと来て、さわってい
ただければいいのですから」と訴えました。
19 そこでイエスと弟子たちは、彼の家へ向かわれました。 20その途中、十二年間
も出血の止まらない病気で苦しんでいた一人の女が、人ごみにまぎれて、うしろからイエ
スの着物のふさにさわりました。 21「このお方にさわりさえすれば、きっと治る」と
思ったからです。
22 イエスはふり向き、女に声をおかけになりました。「さあ、勇気を出しなさい。 あ
なたの信仰があなたを治したのですよ。」この瞬間から、女はすっかりよくなりました。
23 さて、管理人の家に着くと、人々でごった返し、葬式の音楽が聞こえてきます。 2
4そこでイエスは、「さあ、この人たちを外に出しなさい。 娘さんは死んではいません。
ただ眠っているだけなのですから」とお命じになりました。 それを聞くと、みんなはイ
エスをばかにし、あざ笑いました。
25 人々がみな出て行くと、イエスは少女の寝ている部屋にお入りになり、その手をお
取りになりました。 するとどうでしょう。 少女はすぐに起き上がり、もとどおり元気
になったではありませんか。 26すばらしい奇蹟です! このうわさは、たちまち辺り
一円に広まりました。
27 イエスが少女の家をあとにされると、二人の盲人が、「ダビデ王の子よ! あわれな
私たちをお助けください」と叫びながらついて来ました。
28 そしてついに、イエスが泊まっておられる家にまで入り込んで来ました。 イエス
が「わたしがほんとうに目を開けることができると思いますか」とお尋ねになると、彼ら
は、「はい、もちろんです」と答えました。
29 そこでイエスは、二人の目におさわりになり、「あなたがたの信じるとおりになりな
さい」と言われました。
30 すると、彼らの目が見えるようになったのです! 「このことをだれにも話しては
いけませんよ」と、イエスはきびしくお命じになりましたが、 31それでも、彼らは、
イエスのことを町中にふれ回りました。
32 この人たちと入れ替わりに、悪霊に取りつかれてものが言えなくなった男が、連れ
て来られました。 33イエスが悪霊を追い出されると、その人はすぐに口をきき始めた
ので、みんなは驚きあきれ、「こんなこと、今まで見たことがあるかい」と大声で言い合い
ました。
34 しかし、パリサイ人たちは、「あいつは、悪霊の王ベルゼブル(サタン)に取りつか
れているんだ。 それで悪霊どもを簡単に追い出せるのさ」と言いはりました。
助けを求める人は多い
35 イエスは、その地方の町や村をくまなく巡回され、ユダヤ人の会堂で教え、御国に
ついてのすばらしい知らせをお伝えになりました。また、行く先々で、あらゆる病人を治
されました。 36このように、ご自分のところにやって来る群衆をごらんになると、イ
エスの心は、深く痛みました。 彼らは、かかえている問題が非常に大きいのに、どうし
たらよいか、どこへ助けを求めたらよいか、まるでわからないのです。 ちょうど、羊飼
いのいない羊のように。
37 イエスは弟子たちに言われました。 「収穫はたくさんあるのに、働く人があまり
にも少ないのです。 38ですから、収穫の主である神に祈りなさい。 刈り入れの場に
もっと多くの働き手を送ってくださるように願うのです。」
一○
1 イエスは、十二人の弟子たちをそばに呼び寄せられ、彼らに、汚れた霊を追い出し、
あらゆる病気、病弱を治す権威をお与えになりました。
2‐4その十二人の名前は次のとおりです。
シモン〔別名ペテロ〕、
アンデレ〔ペテロの兄弟〕、
ヤコブ〔ゼベダイの息子〕、
ヨハネ〔ヤコブの兄弟〕、
ピリポ、
バルトロマイ、
トマス、
マタイ〔取税人〕、
ヤコブ〔アルパヨの息子〕、
タダイ、
シモン〔「熱心党」という急進派グループのメンバー〕、
イスカリオテのユダ〔後にイエスを裏切った男〕。
伝道の心がまえ
5 イエスは、次のような指示をお与えになり、弟子たちを派遣なさいました。 「外国
人やサマリヤ人のところに行ってはいけません。 6イスラエル人のところにだけ行きな
さい。 この人たちは神のおりから迷い出た羊です。 7彼らのところに行って、『天国は
近づいた』と伝えなさい。 8病人を治し、死人を生き返らせ、らい病人を治し、悪霊を
追い出しなさい。 ただで受けたのだから、ただで与えなさい。
9 お金は、たといわずかでも、持って行ってはいけません。 10旅行袋に、着替えの
服や、くつ、それに杖も。 そういうものは、あなたがたが助けてあげる人たちから、世
話してもらいなさい。 それが当然のことです。 11どんな町や村に入っても、神を敬
う人を見つけ、次の町へ行くまで、その家に泊まりなさい。 12泊めてもらう時は、心
から頼み、その家の祝福を祈りなさい。 13もし、神を敬う家庭なら、その家は必ず祝
福されるし、そうでなければ、祝福されないでしょう。 14あなたがたを受け入れな
い町や家があったら、そこを立ち去る時、足からその場所のちりを払い落としなさい。 1
5よく言っておきますが、さばきの日には、あの邪悪なソドムとゴモラの町のほうが、そ
の町よりまだ罰が軽いのです。
16 いいですか。 あなたがたを派遣するのは、いわば、羊を狼の群れの中へ送るよう
なものです。 ですから、用心深さの点では蛇のように、純真さの点では鳩のようになり
なさい。 17気をつけなさい。 あなたがたは捕らえられて、裁判にかけられ、会堂で
むち打たれるからです。 18わたしのために、総督や王たちの前で取り調べられるこ
ともあります。 その時こそ、わたしのことを彼らに知らせ、さらに世間の人々に証言す
るチャンスです。
19 逮捕されたら、取り調べの際、どう釈明しようかなどと心配してはいけません。 そ
の時その時に適切なことばが語れるからです。 20釈明するのは、あなたがたではあり
ません。 あなたがたの天の父の御霊が、あなたがたの口を通して語ってくださるのです。
21 兄弟が兄弟を裏切って殺し、親も子を裏切るようになります。 そして子は親に反
抗し、親を殺します。 22わたしの弟子だというので、あなたがたはすべての人に憎ま
れます。 けれども、最後までじっと耐え忍ぶ者はみな救われるのです。
23 一つの町で迫害されたら、次の町に逃げなさい。 あなたがたがイスラエルの町を
全部めぐり終えないうちに、わたしは戻って来るからです。 24生徒は先生より偉くは
なく、使用人は主人より上ではありません。 25生徒は先生と運命を共にし、使用人は
主人と運命を共にします。 主人のわたしが、ベルゼブル(サタン)と呼ばれるくらいな
のだから、ましてあなたがたは、どんなひどいことを言われるか……。 26しかし、
脅迫する者たちを恐れてはいけません。 やがてほんとうのことが明らかになり、彼らが
ひそかに巡らした陰謀は、すべての人に知れ渡るからです。
27 わたしが今、暗やみで語ることを、夜明けになったら、大声でふれ回りなさい。 わ
たしがあなたがたの耳にささやいたことを、屋上から言い広めなさい。
28 体だけは殺せても、たましいには指一本ふれることもできないような人々を、恐れ
てはいけません。 たましいも体も地獄に落とすことのできる神だけを恐れなさい。 2
9たった一羽の雀〔二羽で五十円にしかならない雀〕でさえ、あなたがたの天の父が知ら
ないうちに、地に落ちることはありません。 30あなたがたの髪の毛さえ一本残らず数
えられています。 31ですから、心配しなくてもいいのです。 あなたがたは、神にと
って、雀などより、ずっと大切なものではありませんか。
32 もしあなたがたが、だれの前でも、『私はイエスの友達だ』と認めるなら、わたしも、
天の父の前で、あなたがたをわたしの友だとはっきり認めましょう。 33しかし、もし
人々の前で、『イエスなんか知るもんか』と言うなら、わたしもまた、天の父の前で、あな
たがたを知らないと、はっきり言いましょう。
34 わたしが来たのは、地上を平和にするためだ、などと誤解してはいけません。 平
和ではなく、むしろ争いを引き起こすために来たのです。 35そうです。 息子を父親
に、娘を母親に、嫁をしゅうとめに逆らわせるためです。 36家族の者さえ最悪の敵と
なる場合があるのです。 37わたし以上に父や母を愛する者は、わたしを信じる者にふ
さわしくありません。 また、わたしよりも息子や娘を愛する者は、わたしを信じる者に
ふさわしくありません。 38さらに、自分の十字架を背負ってわたしに従って来ない者
は、わたしを信じる者にふさわしくありません。
39 自分のいのちを一生懸命守ろうとする者は、それを失いますが、わたしのためにい
のちを投げ出す者は、ほんとうの意味でそれを自分のものとします。
40 あなたがたを受け入れる人は、わたしを受け入れるのです。 わたしを受け入れる
人は、わたしをお遣わしになった神を受け入れていることになります。 41もし預言者
を、神から遣わされた預言者だというので受け入れるなら、預言者と同じごほうびを受け
るでしょう。 また、神を敬う正しい人たちを、彼らが神を敬うというので受け入れるな
ら、彼らと同じごほうびを受けます。
42 また、この小さい者のひとりに、わたしに代わって冷たい水一杯でも与えるなら、
よく言っておきますが、その人は必ずごほうびを受けるのです。」
一一
1 イエスは、十二人の弟子たちに、このような指示を与えると、ご自分も教えを宣べ伝
えるために、彼らが行くことになっていた町々へお出かけになりました。
ヨハネとイエスの違い
2 さて、そのころ牢獄にいたバプテスマのヨハネは、キリストがさまざまな奇蹟を行な
っておられることを聞きました。 そこで、弟子たちをイエスのもとに送り、 3「あな
た様は、ほんとうに、私たちの待ち続けてきたお方ですか。 それとも、まだ別の方を待
たなければならないのでしょうか」と尋ねさせました。
4 イエスは答えて言われました。 「ヨハネのところに帰り、わたしの行なっている奇
蹟について、見たままを話してあげなさい。 5盲人は見えるようになり、足の立たなか
った者が今は自分で歩けるようになり、らい病人が治り、耳の聞こえなかった人も聞こえ、
死人が生き返り、そして、貧しい人々がわたしのすばらしい知らせを聞いていることなど
を。 6それから、こう伝えるのです。 『わたしを疑わない人は幸福です。』」
7 ヨハネの弟子たちが帰ってしまうと、イエスは群衆に、ヨハネのことを話し始められ
ました。 「あなたがたはヨハネに会おうと荒野へ出かけて行った時、彼をどんな人物だ
と考えていましたか。 風にそよぐ葦のような人だとでも思っていたのですか。 8それ
とも、宮殿に住む王子のように、きらびやかに着飾った人に会えるとでも思ったのですか。
9あるいは、神の預言者に会えると期待していたのですか。 そのとおり、彼は預言者で
す。 いや、それ以上の者です。 10彼こそ、聖書(旧約)の中で、『見よ。 わたしは
あなたより先に使者を送る。 その使者は、人々にあなたを迎え入れる準備をさせる』と
言われている、その人です。
11 よく言っておきます。 今までに生まれた人の中で、バプテスマのヨハネほどすぐ
れた働きをした人物はいません。 しかし、天国で一番小さい者でも、ヨハネよりはずっ
と偉大なのです。 12ヨハネが教えを宣べ伝え、バプテスマ(洗礼)を授け始めてから
現在まで、大ぜいの熱心な人々が、天国を目指して押し寄せました。 13すべての律法
と預言者(旧約聖書)とは、メシヤ(救い主)を待ち望んできたからです。 そして、ヨ
ハネが現われました。 14ですから、わたしの言うことを喜んで理解しようとする人な
ら、ヨハネこそ、天国が来る前に現われると言われていた、あの預言者、エリヤだとわか
るでしょう。 15さあ、聞く耳のある人は、聞きなさい。
16 あなたがたイスラエル人のことを、何と言えばいいでしょう。 まるで小さな子供
のようです。 あなたがたは友達同士で遊びながら、こう責めているのです。 17『結
婚式ごっこをして遊ぼうって言ったのに、ちっともうれしがってくれなかったよ。 だか
ら葬式ごっこにしたのに、今度は悲しがってくれないじゃないか。』 18つまり、バプテ
スマのヨハネが酒も飲まず、また何度も断食していると、『やつは気が変になっている』と
けなし、 19メシヤのわたしが、ごちそうを食べていると、『大食いの大酒飲み、最もた
ちの悪い罪人の仲間だ』とののしります。 もっとも、賢いあなたがたのことですから、
うまくつじつまを合わせるでしょうが、知恵が正しいかどうかは、行ないによって証明さ
れるのです。」
わたしのところに来なさい
20 それからイエスは、多くの奇蹟を目のあたりに見ながら、それでも、神に立ち返ろ
うとしなかった町々をお責めになりました。
21 「ああ、コラジンよ。 ああ、ベツサイダよ。 わたしが、あなたがたの街頭で行
なったような奇蹟を、あの邪悪な町ツロやシドンで見せたなら、そこの人々は、とうの昔
に、恥じ入り、へりくだって悔い改めていたでしょうに。 22いいですか、さばきの日
には、ツロとシドン(悪行のため、神に滅ぼされた町の名)のほうが、あなたがたより、
まだましなものとされるのです。 23ああ、カペナウムよ。 大きな名誉を受けたあな
たも、地獄にまで突き落とされるのです。 あなたのところでしたすばらしい奇蹟を、も
しあのソドム(悪行のため、神に滅ぼされた町の名)で見せたなら、ソドムは滅ぼされず
にすんだでしょうに。 24いいですか、さばきの日には、ソドムのほうがあなたより、
まだましなものとされるのです。」
25 そして、こう祈られました。 「ああ、天地の主である父よ。 自分を賢いとうぬ
ぼれる者たちには、あなたの真理を隠し、それを小さな子供たちに示してくださって、あ
りがとうございます。 26父よ。 これが、お心にかなったことでした。
27 あなたは、すべてのことを、わたしに任せてくださいました。 わたしを知ってお
られるのは、父であるあなただけですし、あなたを知っているのは、子であるわたしと、
わたしが教える人たちだけです。 28重いくびきを負って働かされ、疲れはてている人
たちよ。 さあ、わたしのところに来なさい。 あなたがたを休ませてあげましょう。 2
9わたしはやさしく、謙そんな者ですから、それこそ負いやすいわたしのくびきを、わた
しといっしょに負って、わたしの教えを受けなさい。 そうすれば、あなたがたのたまし
いは安らかになります。 30わたしが与えるのは、軽い荷物だけだからです。」
一二
安息日をも支配するイエス
1 そのころのことです。 イエスは弟子たちといっしょに、麦畑の中を歩いておられま
した。 ちょうど、ユダヤの礼拝日にあたる安息日でしたが、お腹がすいた弟子たちは、
麦の穂を摘み取って食べ始めました。
2 ところが、それを見た、あるパリサイ人たちが抗議しました。「お弟子さんたちが、お
きてを破ってますよ。 安息日に刈り入れをするなど、もってのほかだ。」
3 しかし、イエスは言われました。 「ダビデ王とその家来たちが空腹になった時、ど
んなことをしたか、聖書(旧約)で読んだことがないのですか。 4ダビデ王は神殿に入
り、祭司しか食べられない供え物のパンを、みんなで食べたではないですか。 王でさえ、
おきてを破ったわけです。 5また、神殿で奉仕をする祭司は、安息日に働いてもよい、
と聖書に書いてあるのを、読んだことがないのですか。 6ことわっておきますが、この
わたしは、神殿よりもずっと偉大なのです。 7もしあなたがたが、『わたしは供え物を受
けるより、あなたがたにあわれみ深くなってほしいのです』という聖書のことばをよく理
解していたら、罪もない人たちを、とがめたりはしなかったはずです。 8安息日といえ
ども、天から来たわたしの支配下にあるのですから。」
9 このあとで、イエスは会堂にお入りになりました。 10ふとごらんになると、そこ
に、片手の不自由な男がいます。 これ幸いとばかり、パリサイ人たちは、「安息日に病気
を治してやっても、おきてに違反しないでしょうか」と尋ねました。 それは、イエスが
きっと「さしつかえない」と答えるだろうから、そうしたら逮捕しよう、という計略でし
た。 11ところが、イエスの答えは違いました。 「あなたがたが、羊を一匹飼ってい
たとします。 ところが、その羊が安息日に井戸に落ちてしまった。 さあ、どうします
か。 もちろん、すぐに助けてあげるでしょう。 12人間の値打は、羊などとは、比べ
ものになりません。 だから、安息日に良いことをするのは、正しいことなのです。」 1
3それからイエスは、片手の不自由な男に、「手を伸ばしなさい」と言われ、彼がそのとお
りにすると、手はすっかりよくなりました。
14 そこでパリサイ人たちは、どうにかしてイエスを逮捕し死刑にしようと、集まって
陰謀を巡らしました。 15しかし、それに気づいたイエスは、いち早く会堂を抜け出さ
れました。 すると、大ぜいの人がついて来たので、その中の病人をみな治されました。
16そして彼らに、この奇蹟のうわさを言い広めないようにと、くれぐれも注意なさいま
した。 17こうして、イザヤの預言のとおりになったのです。
18 「わたしのしもべを見よ。
彼こそわたしの選んだ者。
わたしが喜ぶ、わたしの愛する者。
わたしは彼の上にわたしの霊を置き、
彼は国々をさばく。
19 彼は争わず、
叫ぶことも大声をあげることもない。
20 弱い者を踏み倒さず、
どんな小さな望みの火も消さない。
彼は最後の勝利を飾り、
あらゆる争いに終止符を打つ。
21 彼の名こそ、全世界の希望となる。」
22 その時、悪霊に取りつかれて、目も見えず、口もきけない人が連れて来られたので、
イエスは彼の目を開け、口もきけるようになさいました。 23これを見た人々は驚き、
「やっぱり、この人がメシヤ(救い主)ではないだろうか」と言い合いました。
24 しかし、このことを耳にしたパリサイ人たちは、「イエスが悪霊を追い出せるのは、
自分が悪霊の王ベルゼブル(サタン)だからさ」とうそぶきました。
25 イエスは彼らの考えを見抜き、こう言われました。 「内紛の絶えない国は、結局
滅びます。 町でも、家庭でも、分裂していては長続きしません。 26もしサタンがサ
タンを追い出すなら、自分で自分と戦い、自分の国を破壊することになるのです。 27
わたしがベルゼブルの力で悪霊を追い出していると言うが、あなたがたの仲間も、悪霊を
追い出しているではありませんか。 彼らは、いったい何の力で追い出しているのですか。
あなたがたの非難があたっているかどうか、彼らに答えてもらいましょう。 28ところ
で、もしわたしが神の霊によって悪霊を追い出しているとしたら、どうでしょう。 神の
国はもう、あなたがたのところに来ているのです。 29強い者の家に押し入って、物を
盗み出すには、まず、その強い者を縛り上げなければなりません。 悪霊も同じことです。
まずサタンを縛り上げなければ、悪霊を追い出せるわけがありません。 30わたしに味
方しない者はだれでもみな、わたしの敵なのです。
3132だから、あなたがたに言っておきます。 どんなにわたしを悪く言おうと、また
どんな罪を犯そうと、神は赦してくださいます。 ただ一つ、聖霊を汚すことだけは例外
です。 この罪ばかりは、いつの世でも絶対に赦されることはありません。
33 木の良し悪しは、実で見分けます。 良い品種は良い実をつけ、劣った品種は悪い
実をつけるものです。 34ああ、まむしの子らよ。 あなたがたのような悪者の口から、
どうして正しい、良いことばが出てくるでしょう。 人の心の思いが、そのまま口から出
てくるのですから。 35良い人のことばを聞けば、その人の心の中にすばらしい宝が
たくわえられていることがわかります。 しかし、悪い人の心の中は悪意でいっぱいです。
36言っておきますが、やがてさばきの日には、あなたがたは今まで口にしたむだ口を、
一つ一つ釈明しなければならないのです。 37いま口にすることばしだいで、あなたが
たの将来は決まります。自分のことばによって、正しい者と認められるか、あるいは有罪
を宣告されるか、そのどちらかになるのです。」
証拠を求める人々
38 ある日、ユダヤ人の指導者とパリサイ人のうちの何人かがやって来て、ほんとうに
メシヤ(救い主)なら、その証拠に奇蹟を見せてほしいと頼みました。
39 しかしイエスは、お答えになりました。 「悪と不信の時代に生きる人々だけが、
証拠を要求するのです。 けれども、預言者ヨナに起こったこと以外は、何の証拠も与え
られません。 40つまり、ヨナが三日三晩大きな魚の腹の中で過ごしたように、メシヤ
のわたしも、三日三晩、地の中で過ごすからです。 41さばきの日には、あのニネベの
人々が、あなたがたをきびしく罰する側に立つでしょう。 ニネベの人々はヨナの教えを
聞いて、それまでの堕落した生活を悔い改め、神に立ち返ったからです。 ところが、今
ここに、ヨナとは比べものにならないほど偉大な者が立っているのに、あなたがたはその
人を信じようとしません。 42シェバの女王でさえ、あなたがたをきびしく罰する側に
回るでしょう。 彼女は、ソロモンから知恵のことばを聞こうと、あれほど遠い国から旅
して来ることも、いとわなかったからです。 ここに、そのソロモンより、もっと偉大な
者がいるのに、あなたがたは信じようとしません。
43 この邪悪な時代に生きる人たちは、ちょうど悪霊に取りつかれた人のようです。 せ
っかく、その人から悪霊が出て行っても、しばらくの間、悪霊は別の住みかを求めて荒野
をあちこち歩き回るだけです。結局、適当な場所が見つからないので、 44『もとの家
に帰ろう』と帰ってみると、その人の心はきれいに片づけてあり、しかも空っぽです。 4
5そこで、しめたとばかり、もっとたちの悪い七つの霊を連れ込んで、住みついてしまう
というわけです。 こうなると、その人の状態は以前より、はるかに悲惨なものとなりま
す。」
46 イエスが人々のひしめき合う家の中で話しておられた時、母と弟たちがやって来ま
した。 イエスと話がしたかったからです。 47だれかが、「先生。 お母様と弟さんた
ちがお見えですよ」と知らせると、 48イエスは、みんなを見回して、「わたしの母や兄
弟とは、いったいだれのことですか」と言われました。 49そして弟子たちを指さし、
「ごらんなさい。 この人たちこそわたしの母であり兄弟です。 50天におられるわた
しの父に従う人はだれでも、わたしの母であり、兄弟であり、姉妹なのです」と言われま
した。
一三
天国のたとえ話
1 その日のうちに、イエスは家を出て、湖の岸辺に降りて行かれました。 23ところ
がそこも、またたく間に群衆でいっぱいになったので、小舟に乗り込み、舟の上から、岸
辺に座っている群衆に、多くのたとえを使って教えを語られました。
「農夫が畑で種まきをしていました。 4まいているうちに、ある種が道ばたに落ちまし
た。 すると、鳥が来て、食べてしまいました。 5また、土の浅い石地に落ちた種もあ
りました。 それはすぐに芽を出したのですが、 6土が浅すぎて、十分根を張ることが
できません。 やがて日が照りつけると枯れてしまいました。 7ほかに、いばらの中に
落ちた種もありましたが、いばらが茂って、結局、生長できませんでした。 8しかし、
中には、耕された良い地に落ちた種もありました。 そして、まいた種の三十倍、六十倍、
いや百倍もの実を結びました。 9聞く耳のある人はよく聞きなさい。」
10 その時、弟子たちが近寄って来て、尋ねました。 「どうして、人々にはいつも、
このようなたとえでお話しになるのですか。」
11 「あなたがたには天国を理解することが許されていますが、ほかの人たちはそうで
はないからです。」イエスはこうお答えになり、 12さらに続けて説明なさいました。
「つまり、持っている者はますます多くの物を持つようになり、持たない者はわずかな持
ち物さえ取り上げられてしまいます。 13だから、たとえを使って話すのです。 彼ら
は、いくら見ても聞いても、少しも理解しようとしません。
14 こうして、イザヤの預言のとおりになりました。
『彼らは、聞くには聞くが理解しない。
見るには見るが認めない。
15 その心は肥えて鈍くなり、
その耳は遠く、その目は閉じられている。
彼らは見もせず、聞きもせず、理解もせず、
神に立ち返って、わたしにいやされることがない。』
16しかし、あなたがたの目は見ているから幸いです。 また、あなたがたの耳は聞いて
いるから幸いです。 17よく言っておきますが、多くの預言者や神を敬う人たちが、今
あなたがたの見聞きしていることを、見たい、聞きたいと、どんなに願ったことでしょう。
しかし、残念ながらできなかったのです。
18 さて、さっきの種まきのたとえ話を説明しましょう。 19最初の道ばたというの
は、踏み固められた堅い土のことで、御国についてのすばらしい知らせを耳にしながら、
それを理解しようとしない人の心を表わしています。 こういう人だと、悪魔がさっそく
やって来て、その心から、まかれた種を奪い取っていくのです。 20次に、土が浅く、
石ころの多い地というのは、教えを聞いた当座は大喜びで受け入れる人の心を表わしてい
ます。 21ところが、その人の生活には深みがないので、このすばらしい教えも、心の
中に深く根をおろすことができません。 ですから、しばらくして信仰上の問題が起こっ
たり、迫害が始まったりすると、熱がさめ、いとも簡単に落後してしまうのです。 22
また、いばらの生い茂った地というのは、神のことばを聞いても、生活の苦労や金銭欲な
どがそれをふさいでしまい、しだいに神から離れていく人のことです。 23最後に、良
い地というのは、神のことばに耳を傾け、それを理解する人の心のことです。 このよう
な人こそ、出かけて行って、三十倍、六十倍、いや百倍もの人を天国に連れて来ることが
できるのです。」
24 イエスは、別のたとえ話もなさいました。 「天国は、自分の畑に良い種をまく農
夫のようなものです。 25ところがある晩、農夫が眠っているうちに敵が来て、麦の中
に毒麦の種をまいていきました。 26麦が育つと、毒麦もいっしょに伸びだしたではあ
りませんか。
27 使用人は主人のところに駆けつけ、このことを報告しました。『だんな様、大変でご
ざいます! 極上の種をまいた畑が、なんと毒麦でいっぱいになっています。』
28 『敵のしわざだな。』主人はすぐに真相を見抜きました。 使用人たちが、『毒麦を
引き抜きましょうか』と尋ねると、 29主人は、『いや、だめだ。 そんなことをしたら、
麦まで引き抜いてしまうだろう。 30収穫の時まで、放っておけ。 その時がきたら、
まず毒麦だけを束ねて燃やし、あとで麦はきちんと倉庫に納めさせればいいから』と答え
ました。」
31 また、こんなたとえ話もあります。 「天国は、畑にまいたからしの種みたいです。
32それはどんな種よりも小粒ですが、生長すると大きな木になり、鳥が巣を作れるほど
になります。」
33 またさらに、こんなたとえ話もあります。 「天国は、女の人がパンを焼くのにも
似ています。 小麦粉に、ほんの少しのイースト菌を入れるだけで、パン生地全体がふく
らんできます。」
3435群衆に話をする時は、イエスはいつも、このようなたとえ話をなさいました。 そ
れは、預言者によって言われたことが実現するためでした。 「わたしはたとえを使って
語り、世の初めから隠されている秘密を説き明かそう。」 36こうして、イエスが群衆と
別れ、家に入られると、弟子たちは、さっきの毒麦のたとえの意味を説明してくださいと
頼みました。
37 イエスは、お答えになりました。 「いいでしょう。 良い麦の種をまく農夫とは、
わたしです。 38畑とはこの世界、良い麦の種というのは天国に属する人々、毒麦とは
悪魔に属する人々のことです。 39畑に毒麦の種をまいた者とは悪魔であり、収穫の時
とはこの世の終わり、刈り入れをする人とは御使いたちのことです。
40 この話では、毒麦がより分けられ、焼かれますが、この世の終わりにも、同じよう
なことが起こります。 41わたしは御使いを送って、人をそそのかす者や悪人たちをよ
り分け、 42炉に投げ込んで燃やしてしまいます。 悪人たちは、そこで泣きわめき、
歯ぎしりしてくやしがるのです。 43その時、正しい人たちは、父の御国で太陽のよう
に輝きます。 聞く耳のある人は、よく聞きなさい。
44 天国は、ある人が畑の中で見つけた宝のようなものです。 見つけた人は、もう大
喜びで、だれにも知らせず、全財産をはたいてその畑を買い、宝を手に入れるに違いあり
ません。
45 また天国は、良質の真珠を捜している宝石商のようなものです。 46彼は掘り出
し物の真珠を見つけると、持ち物全部を売り払ってでも、それを手に入れようとするので
す。
4748また天国は、漁師にたとえることもできます。 漁師は、いろいろな魚でいっぱ
いになった網を引き上げると、岸辺に座り込んで網の中の魚をより分けます。 食べられ
るものはかごに入れて、食べられないものは捨てるというふうに。 49この世の終わり
にも、同じようなことが起こります。 御使いがやって来て、正しい者と悪い者とを区別
し、 50悪い者を火に投げ込むのです。 彼らはそこで泣きわめき、歯ぎしりしてくや
しがります。 51これで、わかりましたね。」
「はい。」
52 そこでイエスは、さらにこう言われました。 「ユダヤ人のおきてに通じ、しかも、
わたしの弟子でもある人たちは、古くからある聖書(旧約)の宝と、私が与える新しい宝
と、二つの宝を持つことになるのです。」
故郷の町ナザレでのイエス
5354この一連のたとえ話を語り終えられると、イエスはガリラヤのナザレにお帰りに
なり、町の会堂で教えられました。 ところが、人々はみなイエスの知恵とその不思議な
力に驚いてしまいました。 「なんてこった。 55たかが大工のせがれじゃないか。 あ
れの母親はマリヤだし、弟のヤコブも、ヨセフも、シモンも、ユダも、 56妹たちも、
よく知っているぞ。 みんな、ここに住んでるんだから。 なのに、あのイエスが偉いな
んてはずはないじゃないか。」 57人々は、かえってイエスに反感を持つようになりまし
た。
「預言者はどこででも尊敬されますが、ただ自分の故郷、身内の者の間では尊敬されない
ものです。」イエスはこう言われました。 58このような人々の不信仰のために、そこで
は、ほんのわずかの奇蹟を行なわれただけでした。
一四
殺されたヨハネ
1 そのころ、イエスのうわさを聞いたヘロデ王は、家来たちに言いました。 2「あれ
はバプテスマのヨハネだ。 ヨハネが生き返ったに違いない。 そうでなきゃ、こんな奇
蹟はできるわけがない。」 3実はこのヘロデは以前、兄のピリポの妻であったヘロデヤに
そそのかされてヨハネを捕らえ、牢獄につないだ張本人でした。 4それは、ヨハネが、
兄嫁を横取りするのはよくないと忠告したからです。 5その時ヘロデは、ヨハネを殺そ
うとも考えましたが、それでは暴動が起きる恐れがあったので、思いとどまりました。
人々はみな、ヨハネを預言者だと信じて疑わなかったからです。
6 ところが、ヘロデの誕生祝いのパーティーが開かれた席で、ヘロデヤの娘が、みごと
な舞を披露し、ヘロデをたいそう喜ばせました。 7それで王は娘に、「ほしいものを、何
でも言うがよい。 必ず与えよう」と誓いました。 8ところがヘロデヤに入れ知恵され
た娘は、なんと、バプテスマのヨハネの首を盆に載せていただきたいと願い出たのです。
9 王は心を痛めましたが、自分が誓ったことでもあり、また並み居る客の手前もあって、
引っ込みがつきません。 しかたなく、それを彼女に与えるように命令しました。
10 こうしてヨハネは、獄中で首を切られ、 11その首は盆に載せられ、約束どおり
娘に与えられました。 娘はそれを母親のところに持って行きました。
12 ヨハネの弟子たちは死体を引き取って埋葬し、この悲惨な出来事をイエスに知らせ
ました。
13 この知らせを聞くと、イエスは一人、舟をこぎ出し、人里離れた所へ行こうとなさ
いました。 ところが、大ぜいの群衆がそれと気づき、町々村々から、岸づたいにイエス
のあとを追って行きました。
五つのパンと二匹の魚
14 舟から上がられたイエスは、大ぜいの群衆をごらんになり、あわれに思って、病人
たちをみな治されました。
15 夕方になったので、弟子たちはイエスのところに来て、「先生。もうとっくに夕食の
時間も過ぎてますよ。 こんな寂しい所じゃ、食べ物もないし、みんなを解散してはどう
でしょう。 村へ行けば、めいめいで食べる物を買えますから」と勧めました。
16 しかし、イエスはお答えになりました。 「それにはおよびません。 あなたがた
が、みんなに食べる物をあげなさい。」
17 弟子たちは驚いて叫びました。 「何ですって! 先生、いま手もとには、小さな
パンが五つと、魚が二匹あるだけなんですよ。」
18 ところがイエスは、「そのパンと魚とを持って来なさい」と言われました。
19 それから、群衆を草の上に座らせると、五つのパンと二匹の魚を取り、天を見上げ
て神の祝福を祈り求め、パンをちぎって、弟子たちに配らせました。 20こうして、み
んなが食べ、満腹したのです。 あとで、パンくずを拾い集めると、なんと十二のかごに、
いっぱいになったではありませんか。 21そこには、女や子供を除いて、男だけでも五
千人ぐらいの人がいたというのに。 22このあとすぐ、イエスは弟子たちを舟に乗り込
ませて、向こう岸に向かわせ、また、群衆にも解散するよう説得なさいました。
23 みんなをお帰しになったあと、ただお一人になったイエスは、祈るために丘に登っ
て行かれました。 24一方、湖上では、夕やみが迫り、弟子たちは強い向かい風と大波
に悩まされていました。
25 朝の四時ごろ、イエスが水の上を歩いて、弟子たちのところに行かれると、 26
弟子たちは、悲鳴をあげました。 てっきり幽霊だと思ったからです。
27 しかし、すぐにイエスが、「わたしです。 こわがらなくてもよいのです」と声をお
かけになったので、彼らはほっと胸をなでおろしました。
28 その時です。 ペテロが叫びました。 「先生。 もしほんとうにあなた様だった
ら、わたしに、水の上を歩いてここまで来い、とおっしゃってください。」
29 「いいでしょう。 来なさい。」 言われるままに、ペテロは舟べりをまたいで、水
の上を歩き始めました。 30ところが、高波を見てこわくなり、沈みかけたので、大声
で、「助けてくれーっ」と叫びました。
31 イエスはすぐに手を差し出してペテロを助け、「ああ、信仰の薄い人よ。 なぜわた
しを疑うのですか」と言われました。 32二人が舟に乗り込むと、すぐに風はやみまし
た。
33 舟の中にいた者たちはみな厳粛な思いに打たれ、「あなた様はほんとうに神の子で
す」と告白しました。
34 やがて、舟はゲネサレに着きました。 35イエスが来られたという知らせはたち
まち町中に広まり、人々がどっと押しかけました。 互いに誘い合い、病人という病人を
みな連れてきて、 36イエスに頼みました。 「せめてお着物のすそにでもさわらせて
やってください。」さわった人たちはみな治りました。
一五
規則より大切なもの
1 パリサイ人やユダヤ人の指導者たちが、イエスに会いに、はるばるエルサレムからや
って来ました。 2彼らは、「どうしてあんたの弟子たちは、ご先祖様の言い伝えを守らな
いのか。 食事の前に手を洗わないとは、けしからん」と問い詰めました。
3 そこでイエスは、こう言われました。 「それならお聞きします。あなたがたも自分
たちの言い伝えのために、神のおきてを破っていますね。 それはどういうわけですか。
4たとえば、おきてには、『あなたの父と母とを敬え。 だれでも父や母をののしる者は死
刑に処せられる』とあります。 56ところが、どうでしょう。 あなたがたは、両親が
困っていようが何だろうが、『このお金は教会にささげました』と言いさえすれば、もう両
親のためにそのお金を使わなくてもよいと教えています。 つまり、人間の作った規則を
盾にとって、両親を敬い、そのめんどうを見なさいという神のおきてを破っているのです。
7まさに偽善者です。 全くイザヤが預言したとおりです。
8 『彼らは口先ではわたしを敬うが、
心はわたしから遠く離れている。
9 彼らがわたしを拝んでも、むだなことだ。
神のおきての代わりに、
人間の規則を教えているのだから。』」
10 それからイエスは、群衆を呼び寄せて言われました。 「いいですか、よく聞きな
さい。 11おきてで禁じられている物を食べたからといって、汚れるわけではありませ
ん。 人を汚すのは、口から出ることばであり、心の思いなのです。」
12 その時、弟子たちが来て言いました。 「先生があんなことをおっしゃったので、
パリサイ人たちはかんかんですよ。」
13 しかし、イエスは言われました。 「わたしの父がお植えにならなかった木は、み
な根こそぎ抜かれてしまいます。 14だから、あの人たちのことは放っておきなさい。
彼らは盲人なのです。 おまけに、ほかの盲人の道案内までして、結局、二人とも溝には
まってしまうでしょう。」
15 すると、ペテロが尋ねました。 「おきてで、きよくないとされている物を食べて
も汚れないというのは、どうしてですか。」
16 イエスは言われました。 「こんなことがわからないのですか。 17口から入る
物は何でも腹に入って、外へ出ます。 18ところが、悪いことばは悪い心から出てくる
ので、人を汚すのです。 19つまり、悪い考え、殺人、姦淫、不品行、盗み、うそ、ま
た悪口などは、心から出て、 20人を汚すのです。 だが、食事の前に手を洗うという
規則を破ったからといって、汚れるわけではありません。」
21 イエスはその地方を去り、ツロとシドンに向かわれました。
数々の奇蹟
22 この地方に住んでいるカナン人の女がイエスのところに来て、必死に願いました。
「主よ。 ダビデ王の子よ! お願いでございます。 どうか、私をあわれと思ってお助
けくださいまし。 娘が悪霊に取りつかれて、ひどく苦しんでいるのです。」
23 しかし、イエスは堅く口を閉ざして、ひと言もお答えになりません。 とうとう弟
子たちが、「あの女に早く帰るように言ってください。 あんまりしつこいので、うるさく
てしかたがありません」と頼みました。
24 それでイエスは、「わたしが遣わされたのは、外国人を助けるためではありません。
ユダヤ人を助けるためです」と説明なさいました。
25 それでも女は、イエスの前にひれ伏し、「主よ。 どうかお助けください」と願い続
けました。
26 イエスは、「子供たちのパンを取り上げて、犬に投げてやるのはよくないことです」
と言われました。
27 しかし、女はあきらめません。 「おおせのとおりです。 でも、食卓の下にいる
小犬でも、落ちたパンくずぐらいは食べさせてもらえますもの。」
28 そのことばにイエスは感心し、「あなたの信仰は見上げたものです。 いいでしょう。
願いをかなえてあげましょう」と言われました。 ちょうどその時、娘は治りました。
29 さて、舞台は再びガリラヤ湖に移ります。 イエスは丘に登り、腰をおろしておら
れました。 30そこへ、大ぜいの人が、足の不自由な者、盲人、体の不自由な人、聾唖
者をはじめ、たくさんの病人を連れて来たので、イエスはその人たちをみな治されました。
31なんという驚くべき光景でしょう。 口のきけなかった人が興奮して話しだし、歩け
なかった人が歩きだし、目の見えなかった人が見えるようになったのです。 人々は驚き、
心からイスラエルの神をほめたたえました。
32 イエスは、弟子たちを呼び寄せられました。 「この人たちがかわいそうです。 も
う三日もわたしといっしょにいるのですから。 食べ物はとっくにないようだし、このま
ま帰らせたら、きっと途中で倒れてしまうでしょう。」
33 「でも、こんな寂しい所で、これほどたくさんの人ですよ……。それだけの食べ物
を、いったいどこで手に入れるのですか。」
34 「今、手もとにある食べ物は?」
「パンが七つと、小さい魚がほんの少しだけです。」
35 それを聞くと、イエスは、みんなを地べたに座らせました。 36そして、七つの
パンと魚を取り、神に感謝をささげてから、それを裂き、弟子たちに渡して、一人一人に
配らせました。 3738婦人や子供を除いても、四千人もの群衆でしたが、だれもが満
腹するほど食べました。 あとでパンくずを拾い集めると、なんと七つのかごがいっぱい
になりました。
39 そこで、イエスは人々を家に帰し、舟に乗ってマガダン地方へ向かわれました。
一六
まちがった教え
1 ある日、パリサイ人やサドカイ人たちがイエスのところに来て、天からのすばらしい
奇蹟を見せてくださいと頼みました。 メシヤ(救い主)だと自称するイエスの主張がほ
んとうかどうかを、試してやろうと思ったのです。
23イエスのご返事はこうでした。 「あなたがたは、天気を予測するのが得意です。 夕
焼けになると、『明日は晴れだ』と言うし、朝焼けを見ると、『今日は荒れ模様だ』と言い
ます。 そんなに上手に空模様を見分けるのに、これほどはっきりした時代の兆候は、読
み取れないのですか。 4今の悪い不信仰な時代は、不思議なしるしが天に現われること
ばかり求めています。 しかし、ヨナの身に起こった奇蹟以外に、神からの証拠は与えら
れません。」そしてイエスは、彼らを残したまま去って行かれました。
5 一行は湖の向こう岸へ渡りました。 ところが、食べ物を持って来るのを忘れていた
のです。
6 イエスは、「パリサイ人とサドカイ人のイースト菌に気をつけなさい」と忠告なさいま
したが、 7弟子たちは、パンを忘れてきたので、おしかりになっているのだろうと勘違
いしました。
8 それに気づいたイエスは、「ああ、信仰の薄い人たちよ。 なぜそんなに、食べ物を持
って来なかったことを気に病むのですか。 9まだわからないのですか。 五つのパンを
五千人に食べさせた時、幾かごものパンが余ったではありませんか。 10また四千人に
食べさせた時も、たくさんのパンが余りました。 11パンのことなど問題ではありませ
ん。 どうしてわからないのですか。 もう一度、はっきり言いましょう。 わたしは、
『パリサイ人とサドカイ人のイースト菌に気をつけなさい』と言ったのです」と言われま
した。
12 それでやっと弟子たちにも、イースト菌とは、パリサイ人やサドカイ人のまちがっ
た教えのことだとわかりました。
わたしはだれか
13 ピリポ・カイザリヤに行った時、イエスは弟子たちに、「みんなは、わたしのことを
だれだと言っていますか」とお尋ねになりました。
14 弟子たちは答えました。 「バプテスマのヨハネだと言う人もいますし、エリヤだ
と言う人もいます。 また、エレミヤだとか、ほかの預言者の一人だとか、いろいろです。」
15 「では、あなたがたは、どうなのですか。」
16 シモン・ペテロが答えました。 「あなた様こそ、キリスト(救い主)です。 生
ける神の子です。」
17 「ヨナの息子シモンよ。 神があなたを祝福してくださったのです。 それがわか
ったのは、天におられるわたしの父が、あなたに個人的に教えてくださったからですよ。
人間の力ではありません。 18あなたはペテロ(岩)です。 わたしはこの大きな岩の
上にわたしの教会を建てます。 地獄のどんな恐ろしい力も、わたしの教会に打ち勝つこ
とはできません。 19あなたに天国のかぎをあげましょう。 あなたが地上でかぎをか
ける戸は、みな、天でも閉じられ、あなたが地上でかぎを開ける戸はみな、天でも開かれ
るのです。」
20 このあとイエスは、ご自分がキリストであることをほかの人に話してはいけない、
と弟子たちに注意なさいました。
21 その時から、イエスは、ご自分が、エルサレムに行くことと、そこでご自分の身に
起こること、すなわち、ユダヤ人の指導者たちの手でひどく苦しめられ、殺され、そして
三日目に復活されることを、はっきり弟子たちに話し始められました。
22 ところが、ペテロはイエスをわきへ呼んで忠告しました。 「先生。 とんでもご
ざいません。 あなたのようなお方に、そんなことが起こってたまるものですか!」
23 イエスはふり向かれ、「サタンよ。 出て行きなさい! そのようなことを言って、
わたしをわなにかける気ですか。 あなたはただ人間的な見方をして、神の立場を忘れて
いる!」とおしかりになりました。
24 それから、弟子たちに言われました。 「だれでもわたしの弟子になりたければ、
自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしについて来なさい。 25いのちを大事に
する者は、いのちを失うことになります。 しかし、わたしのためにいのちを投げ出す者
は、それをもう一度自分のものにできるのです。 26たとい、全世界を自分のものにし
ても、永遠のいのちを失ってしまったら、何の得になるでしょう。 いったい、永遠のい
のちほど価値のあるものが、ほかにあるでしょうか。 27メシヤのわたしは、やがて、
父の栄光を帯びて、御使いたちと共にやって来ます。 そして、一人一人を、その行ない
によってさばくのです。 28今ここにいる者の中には、生きているうちに、わたしが御
国の力を帯びて来るのを、その目で見る者がいます。」
一七
栄光に輝くイエス
1 六日後、イエスは、ペテロと、ヤコブとヨハネの兄弟とを連れて、人里離れた高い山
の頂上に登られました。 2すると、三人の目の前で、たちまちイエスの姿が変わりまし
た。 顔は太陽のように輝き、着物はまばゆいほどの白さです。
3 そこへ突然、モーセとエリヤが現われて、イエスと親しく話し始めたではありません
か。 4これを見て、ペテロは思わず口走りました。 「ああ、先生。 なんとありがた
いことでしょう。 こんなすばらしい所に居合わすなんて! もし、よろしければ、小屋
を三つお建てしましょう。 あなた様と、モーセ様とエリヤ様のために。」
5 ところが、そう言っているうちにも、光り輝く雲が現われて、三人をすっぽり包んで
しまいました。 そして雲の中から、「これこそ、わたしの愛する子。 わたしは彼を心か
ら喜んでいる。 彼の言うことを聞きなさい」という声がしました。
6 この声を聞いた弟子たちは、恐ろしさのあまり、わなわなとふるえ、ひれ伏してしま
いました。 7イエスは近寄り、彼らにさわって言われました。 「さあ、起きなさい。
こわがることはありません。」
8 それで、ようやく顔を上げると、そこにはもう、イエスのほかにはだれもおられませ
んでした。
9 山を降りながら、イエスは、いま見たことを、自分が復活するまではだれにも話して
はいけません、とお命じになりました。
10 そこで、弟子たちが尋ねました。 「どうしてユダヤ人の指導者たちは、メシヤ(救
い主)が来る前に、エリヤが必ず戻って来ると主張しているのでしょうか。」
11 「彼らの言うとおりです。 まずエリヤが来て、すべての準備をするのです。 1
2実際、エリヤはもう来たのです。 しかし、人々は彼を認めず、ひどい目に会わせまし
た。 そればかりか、メシヤのわたしもまた、彼らの手で苦しめられるのです。」
13 その時、弟子たちは、イエスがバプテスマのヨハネのことを言っておられるのだと
気づきました。
山を降りたイエス
14 彼らがふもとに着くと、大ぜいの群衆が待ちかまえていました。その時、一人の男
が駆け寄り、イエスの前にひざまずいて叫びました。 15「先生。 息子をあわれと思
ってお助けください。 ひどいてんかん持ちで、火の中でも水の中でも、おかまいなしに
倒れるのです。 16それで、お弟子さんたちのところに連れて来て、お願いしたのです
が、だめでした。」
17 「ああ、なんと不信仰な人たちでしょう。 いったいいつまで、あなたがたのこと
を我慢しなければならないのですか。 さあ、その子をここに連れて来なさい。」 18こ
う言って、その子に取りついている悪霊をおしかりになると、悪霊は、出ていき、子供は
その場ですっかり治ってしまいました。
19 あとで弟子たちは、そっとイエスに尋ねました。 「どうして、私たちには悪霊が
追い出せなかったのでしょう。」
20 イエスはお答えになりました。 「信仰が足りないからですよ。 もしあなたがた
に、からしの種ほどの信仰があったら、この山に向かって『動け』と言えば、そのとおり
山は動くのです。 何でもできないことはありません。 21ただし、こういった悪霊は、
祈りと断食によらなければ、とても追い出せないのです。」
2223まだガリラヤにいたある日のこと、イエスはこんなことをお話しになりました。
「わたしは裏切られ、人々の手に引き渡され、殺されますが、三日目には必ず復活します。」
これを聞いて、弟子たちの心は悲しみと恐れとで、いっぱいになりました。
24 カペナウムに着いた時、神殿に納める税金を取り立てる役人がペテロのところへ来
て、「あんたがたの先生は、税金を納めないのか」と尋ねました。
25 「もちろん、納めますとも。」こう答えると、ペテロは急いで家に入り、このことを
話そうとしました。 ところが、まだ話を切り出さないうちに、イエスのほうから、お尋
ねになりました。 「ペテロ。 あなたはどう思いますか。 世の王たちはだれから税を
取り立てるでしょうか。 自分の子供たちからですか、それとも、ほかの人たちからです
か。」
26 「ほかの人たちからです」とペテロは答えました。
「では、王の子供たちは税金を納める必要はないのです。 27しかし、役人たちを怒ら
せたくはありません。 今から湖へ行ってつり糸をたれてみなさい。 最初につれた魚の
口から、わたしたち二人分の税金を払うだけのお金が見つかるはずです。 それで払いな
さい。」
一八
小さい子供のように
1 そこへ、弟子たちがやって来て、「私たちのうち、だれが天国で一番偉いのでしょうか」
と尋ねました。
2 するとイエスは、近くにいた小さい子供を呼び寄せ、みんなの真ん中に立たせてから、
話しだされました。
3 「よく聞いておくのですよ。 悔い改めて神に立ち返り、この小さい子供たちのよう
にならなければ、決して天国には入れません。 4ですから、小さい子供のように自分を
低くする者が、天国では一番偉いのです。 5また、だれでも、この小さい者たちを、わ
たしのために受け入れる者は、わたしを受け入れるのです。 6反対に、わたしに頼りき
っているこの子供たちの信仰を失わせるような者は、首に大きな石をくくりつけられて、
海に投げ込まれたほうが、よっぽどましです。
7 悪がはびこるこの世はいまわしいものです。 誘惑されるのは避けられないとしても、
誘惑のもとになる人はいまわしいものです。 8罪を犯させるものは、手だろうが足だろ
うが、切り取ってしまいなさい。 五体満足で地獄へ行くより、片手片足になっても天国
に入るほうが、よっぽどましです。 9また、目が罪を犯させるなら、そんなものはえぐ
り出しなさい。 両眼そろって地獄へ行くより、片目でも天国に入るほうが、よっぽどま
しだからです。
10 この小さい子供たちの一人でも、見下げたりしないように気をつけなさい。 言っ
ておきますが、天国では、子供たちを守る御使いが、いつでもわたしの父のそば近くにい
るのです。 11メシヤ(救い主)のわたしは、神から離れ、迷っている者を救うために
来たのです。
12 ある人が百匹の羊を持っていたとします。 そのうちの一匹が迷い出ていなくなっ
たら、その人はどうするでしょう。 ほかの九十九匹はその場に残したまま、いなくなっ
た一匹を捜しに、山へ出かけるでしょう。 13そして、もし見つけようものなら、何で
もなかったほかの九十九匹以上に、この一匹のために大喜びします。 14同じように、
わたしの父も、この小さい者たちの一人でも滅びないようにと願っておられるのです。
人を赦す者
15 信仰の友達があなたがたに罪を犯した時は、一人で行って、その誤りを指摘してあ
げなさい。 もし、相手が忠告を聞いて罪を認めれば、あなたはその友達を取り戻したこ
とになるのです。 16しかし、もしあなたの言うことに耳を貸そうとしないなら、一人
か二人の証人を立てて、もう一度相手のところへ行きなさい。 あなたの言い分をすべて
証明してもらうためです。 17それでも忠告を聞き入れないなら、その問題を教会に持
ち出しなさい。 そして、教会があなたを支持してもなお、相手がそれを受け入れないな
ら、教会はその人と交わるのをやめなさい。 18言っておきますが、あなたがたが地上
で赦したり、禁じたりすることは、天でも同じようになされるのです。
19 このことも言っておきましょう。 もし、あなたがたのうち二人の者が、何であれ、
この地上で心を一つにして願い求めるなら、天におられるわたしの父は、その願い事をか
なえてくださいます。 20たとい二、三人でも、わたしを信じる者同士が集まるなら、
わたしはその人たちの真ん中にいるからです。」
21 その時、ペテロが、イエスのそばに来て尋ねました。 「先生。 友達が私に罪を
犯した場合、何回ぐらいまで赦してやればいいでしょうか。 七回でしょうか。」
22 イエスはお答えになりました。 「いや、七回を七十倍するまでです。
23 天国は、帳じりをきちんと合わせようとした王にたとえることができます。 24
清算が始まってまもなく、王から三十億円というばく大な借金をしていた男が引き立てら
れて来ました。 25その男は借金を返すことができなかったので、王は、自分の身や持
ち物全部を売り払ってでも返済しろ、と命じました。
26 ところが、男は王の前にひれ伏し、顔を地面にすりつけて、『ああ、王様。 お願い
でございます。 もう少し、もう少しだけお待ちください。 きっと全額お返しいたしま
すから』と、必死に願いました。
27 これを見て、王はかわいそうになり、借金を全額免除し、釈放してやりました。
28 ところが、赦してもらった男は、王のところから帰ると、その足で、六十万円貸し
てある人の家に出かけました。 そして、首根っこをつかまえ、『たったいま借金を返せ』
と迫ったのです。
29 相手は、男の前にひれ伏して、『今はかんべんしてください。 もう少ししたら、き
っとお返ししますから』と、拝まんばかりに頼みました。
30 しかし、男は少しも待ってやろうとはせず、その人を捕らえると、借金を全額返す
まで牢にたたき込んでしまいました。
31 このことを知った友人たちが王のところへ行き、事の成り行きを話しました。 3
2怒った王は、借金を免除してやった男を呼びつけて、言いました。 『この人でなしめ
っ! おまえがあんなに頼んだからこそ、あれほど多額の借金も全部免除してやったのだ。
33自分があわれんでもらったように、ほかの人をあわれんであげるべきではなかったの
かっ!』
34 そして、借金を全額返済し終えるまで、男を牢に放り込んでおきました。 35あ
なたがたも、心から友達を赦さないなら、天の父も、あなたがたに同じようになさるので
す。」
一九
1 これらのことを話し終えられると、イエスはガリラヤをお去りになり、ヨルダン川を
渡って、ユダヤ地方に向かわれました。 2すると、大ぜいの人があとを追って来たので、
病人を治されました。
結婚と離婚
3 イエスをわなにかけ、破滅させてやろうと、何人かのパリサイ人がやって来ました。
そして、「あなたは離婚をお認めになりますか」と尋ねました。
4‐6「聖書(旧約)を読んだことがないのですか。 聖書には、神が初めに男と女を造
られたので、人は両親から離れて、永遠に妻と結ばれ、二人の者は一体となる、と書いて
あるではないですか。 彼らはもう二人ではなく、一人なのです。 ですから、神が結び
合わせたものを、だれも離すことはできません。」
7 「でも、モーセは、離縁状を渡しさえすれば、妻と別れてもよいと言いましたよ。」な
おも食い下がる彼らに、 8イエスは答えて言われました。 「モーセがそう言ったのは、
あなたがたの心が邪悪で強情なのを知っていたからです。 しかしそれは、神がもともと
望んでおられたことではありません。 9言っておきますが、不倫以外の理由で妻を離縁
し、ほかの女性と結婚する者は、姦淫の罪を犯すのです。」
10 「それなら、結婚しないほうがましですね。」弟子たちがイエスに言いました。
11 「そうは言っても、独身で通すことは、だれにでもできることではありません。 た
だ、神に力を与えられた者だけが、できるのです。 12生まれつき結婚する能力のない
人もいるし、人の手で結婚できないようにされた人もいます。 またある人は、天国のた
めに、自分から進んで独身を通します。 わたしの言ったことを受け入れることのできる
人は、受け入れなさい。」
13 その時、イエスに手を置いて祈っていただこうと、人々が小さい子供たちを連れて
来ました。 ところが、弟子たちは、「先生のおじゃまだ」としかりつけました。
14 しかし、イエスはそれをとどめて、「子供たちを自由に来させなさい。 じゃまをし
てはいけません。 天国は、この子たちのような者の国なのですから」と言われました。
15そして、子供たちの頭に手を置いて祝福し、そこを去って行かれました。
天国に入るには?
16 一人の青年がイエスのところに来て、こう質問しました。 「先生。 永遠のいの
ちがほしいのですが、どんな良いことをしたら、もらえるでしょうか。」
17 「良いことについて、なぜわたしに尋ねるのですか。 ほんとうに良い方は、ただ
神お一人なのです。 しかし、質問に答えてあげましょう。 天国に入るには、神のおき
てを守ればいいのです。」
18 「どのおきてでしょうか。」
「殺してはならない、姦淫してはならない、盗んではならない、うそをついてはならない、
19あなたの父や母を敬いなさい、隣人を自分と同じように愛しなさい、というおきてで
す。」
20 「それなら、全部守っています。 ほかには?」
21 「完全な者になりたければ、家に帰って、財産を全部売り払い、そのお金を貧しい
人たちに分けてあげなさい。 天に宝をたくわえるのです。 それから、わたしについて
来なさい。」 22青年はこれを聞くと、悲しそうに帰って行きました。 たいへんな金持
ちだったからです。
23 イエスは、弟子たちに言われました。 「金持ちが天国に入るのは、なんとむずか
しいことでしょう。 24もう一度言いますが、金持ちが天国に入るよりは、らくだが針
の穴を通るほうがずっとやさしいのです。」
25 このことばに、弟子たちはすっかり面食らってしまいました。「それなら、この世の
中で、救われる人などいるでしょうか。」
26 イエスは、弟子たちをじっと見つめて言われました。「人間にはできません。 だが、
神には、何でもできます。」
27 その時、ペテロが質問しました。 「私たちは何もかも捨てて、お従いしてまいり
ました。 それで、いったい何がいただけるのでしょうか。」
28 イエスはお答えになりました。 「メシヤ(救い主)のわたしが、やがて、御国の
栄光の王座につく時、あなたがたも十二の王座について、イスラエルの十二の部族をさば
くことになるのですよ。 29わたしに従うために、家、兄弟、姉妹、父、母、妻、子、
あるいは財産を捨てた者はだれでも、代わりにその百倍もの報いを受け、また永遠のいの
ちまでいただくのです。 30ただ、今は先頭を行くように見える者が、その時には最後
になり、今は最後にいるように見えても、その時には先頭になる者が大ぜいいるのです。
二○
1 天国を、こんなふうにたとえることもできます。 農園の経営者が、果樹園で働く日
雇労務者を雇おうと、朝早く出かけて行きました。 2そして、日当六千円の約束で、労
務者たちを果樹園へ送り込みました。
3 二、三時間後、また、職を求める人々の集まる場所へ行ってみると、仕事にあぶれた
男たちがたむろしています。 4それで、その人たちも、夕方には適当な賃金を払うとい
う約束で、果樹園へ行かせました。 5昼ごろと、午後の三時ごろにも、同じようにしま
した。
6 夕方も五時近くに、もう一度出かけてみると、まだぶらぶらしている者たちがいます。
『どうして一日中遊んでいるのかね』と尋ねると、 7『仕事がないんでさあ』と答えた
ので、農園主は言いました。 『それなら今すぐ行って、私の農園でみんなといっしょに
働きなさい。』
8 終業の時刻になり、農園主は会計係に言いつけて、労務者たちを呼び集めました。 そ
して、最後に雇った男たちから順に日当を支払いました。 9五時に雇われた男たちの日
当はなんと一人六千円です。 10それで、早くから仕事にかかっていた男たちは、もっ
とたくさんもらえるだろうと思いました。 ところが、彼らの日当もやっぱり六千円だっ
たのです。
1112当てがはずれた者たちはみな、農園主に文句を言いました。 『あいつらは、た
った一時間働いただけなんですぜ。 なのに、この炎天下、一日中働いたおれたちと同じ
に払ってやるんですかい。』
13 ところが、農園主はその一人に答えました。 『いいかね。 私はおまえに何も悪
いことはしていないぞ。 おまえは一日六千円で働くことを承知したはずだ。 14文句
を言わずに、それを持って帰れ。 私はだれにでも分けへだてなく払ってやりたいのだ。
15自分の金をどう使おうと、自由だろうが。 私がほかの者たちに親切なので、おまえ
は腹を立てているのか。』 16このように、最後の者が最初になり、最初の者が最後にな
るのです。」

仕える者になりなさい
17 さて、エルサレムへ行く途中のことです。 イエスは十二人の弟子だけをわきへ呼
び寄せ、 18やがて、自分がエルサレムでどんな目に会うかを、お話しになりました。
「わたしは、祭司長や他のユダヤ人の指導者たちに引き渡され、彼らから死刑を宣告され
ます。 19そしてローマの役人の手に渡され、あざけられ、十字架につけられます。 し
かし、わたしは三日目に復活するのです。」
20 その時、ゼベダイの息子ヤコブとヨハネとの母親が、息子たちを連れて来ました。
母親はイエスの前にひざまずき、「お願いがございます」と言いました。
21 「どんなことですか。」
「どうぞ、あなた様の御国で、二人の息子を、あなた様の次に高い位につかせてやってく
ださいまし。」
22 ところがイエスは、「あなたには、何もわかっていませんね」と答え、今度は、ヤコ
ブとヨハネのほうをご覧になりました。
「あなたがたは、わたしが飲もうとしている恐るべき杯を飲むことができますか。」
「はい。 できます。」イエスの質問に、二人はきっぱり答えました。
23 しかしイエスは、「確かに飲むことにはなるでしょう。 だが、だれをわたしの次の
位につかせるかは、わたしの決めることではありません。 わたしの父がお決めになるこ
とです」と言われました。
24 ほかの十人の弟子たちは、ヤコブとヨハネがイエスにどんな願い事をしたかを聞い
て、もうれつに腹を立てました。
25 そこでイエスは、彼らを呼び集め、言われました。 「この世の普通の人たちの間
では、王は暴君であり、役人は部下にいばり散らすものです。 26だが、あなたがたの
間では、違います。 リーダーになりたい者は、仕える者になりなさい。 27上に立ち
たいと思う者は、奴隷のように仕えなければなりません。 28メシヤ(救い主)のわた
しでさえ、人々に仕えられるためではなく、みんなに仕えるためにこの世に来たのです。
そればかりか、多くの人の罪の代償として自分のいのちを与えるために来たのです。 だ
からあなたがたも、わたしを見ならいなさい。」
29 イエスの一行がエリコの町を出ると、大ぜいの人があとについて行きました。
30 途中の道ばたに二人の盲人が座っていました。 イエスのお通りだと聞いた二人は、
大声で訴えました。 「主よ。 ダビデ王の子よ! 私どもをあわれんでください。」
31 人々が黙らせようとすると、ますます激しく叫び立てます。
3233ところが、イエスは二人の前でぴたりと足を止め、「どうしてほしいのですか」と
お尋ねになりました。 「先生。 見えるようになりたいんです。」彼らは答えました。
34 イエスは心からかわいそうに思い、彼らの目におさわりになりました。 すると、
たちまち目が見えるようになり、二人はイエスについて行きました。
二一
エルサレムへ
1 一行がエルサレムに近づき、オリーブ山のふもとのベテパゲ近くまで来た時、イエス
は弟子を二人、こう言って使いに出しました。
2 「村に入るとすぐ、一頭のろばといっしょに、子ろばがつないであるのに気づくでし
ょう。 それをほどいて、連れて来なさい。 3もしだれかに、何をしているのかと聞か
れたら、『主がお入用なのです』とだけ答えなさい。 そうすれば、何もめんどうは起こら
ないはずです。」
4 それは、次のような昔の預言が実現するためでした。
5 「エルサレムに告げよ。
『王がおいでになる。
ろばの子に乗って。
柔和な王がおいでになる。』」
6 二人の弟子は、イエスの言いつけどおりに、 7ろばの親子を連れて戻りました。 そ
して、子ろばの背に自分たちの上着をかけ、イエスをお乗せしました。 8すると、群衆
の中の大ぜいの者が、イエスの進んで行かれる道に自分たちの上着を敷いたり、木の枝を
切ってきて敷き並べたりしました。
9 どっと押し寄せた群衆は、イエスを取り囲み、口々に叫びました。
「ダビデ王の子、ばんざーいっ!」
「主をほめたたえよ!」
「このお方こそ神の人だーっ!」
「主よ。 このお方に祝福を!」
10 イエスがエルサレムに入られると、町中が上を下への大騒ぎです。だれもが興奮し
て、「いったい、その方はどなたなんだい」と尋ねます。
11 イエスについて来た群衆は、「ガリラヤのナザレ出身の預言者イエス様だよ」と答え
ました。
12 それから、イエスは宮にお入りになり、境内で商売していた者たちを追い出され、
両替人の机や、鳩を売っていた者たちの台をひっくり返し始められたのです。
13 そして、彼らにはっきりと言われました。 「聖書(旧約)には、『わたしの神殿は
祈りの場所と呼ばれる』と書いてあります。 ところがあなたがたは、それを強盗の巣に
してしまったではありませんか。」
14 この宮の中へも、盲人や足の不自由な人たちがやって来たので、イエスは彼らを治
されました。 15ところが、祭司長や他のユダヤ人の指導者たちは、イエスが不思議な
奇蹟を行なうのを見、また宮の中で小さい子供までが「ダビデ王の子、ばんざーいっ!」
と叫ぶのを聞いて、すっかり腹を立てました。 16そしてイエスに、「子供までがあんな
ことを言っているのに、おまえには聞こえないのか」と抗議しました。
しかしイエスは、お答えになりました。 「もちろん聞こえています。 だが、いった
い、あなたがたは聖書を読んだことがないのですか。 『小さい子供でさえ神をたたえる』
と、書いてあるのを。」
17 それから、イエスはエルサレムを出て、ベタニヤ村にお戻りになり、そこで一泊な
さいました。
18 翌朝、エルサレムに向かう途中、イエスは空腹になられました。 19ふと見ると、
道ばたにいちじくの木があります。 さっそく、そばへ行き、実がなっているかどうかを
ごらんになりましたが、あいにく葉ばかりです。 それで、イエスはその木に、「二度と実
がなるな」と言われました。 すると、どうでしょう。 木はみるみる枯れていきました。
20 「ああ、先生。 どうしたんでしょう。 こんなにもすぐに枯れるなんて……。」す
っかり驚いた弟子たちの質問に、 21イエスはお答えになりました。 「よく聞きなさ
い。 あなたがただって、信仰を持ち、疑いさえしなければ、もっと大きなことができる
のですよ。 たとえば……、このオリーブ山に、『動いて、海に入れ』と言っても、そのと
おりになります。 22ほんとうに信じて祈り求めるなら、何でも与えられるのです。」
敵のわな
23 イエスが宮に戻って教えておられると、祭司長と他のユダヤ人の指導者たちが来ま
した。 「昨日、おまえは商人たちを、ここから追い出したな。 いったい何の権威があ
って、そんなことをしたんだ。 ええっ。 さあ答えてもらおう。」彼らは詰め寄りました。
24 イエスはお答えになりました。 「いいでしょう。 だが、まずわたしの質問に答
えなさい。 そのあとで答えましょう。 25バプテスマのヨハネは、神から遣わされた
のですか。 それとも、遣わされなかったのですか。」彼らは集まって、ひそひそ相談しま
した。 「もし、『神様から遣わされた』と答えれば、『それを知っていて、どうしてヨハ
ネのことばを信じなかったのか』と聞かれるだろう。 26だからといって、『神様から遣
わされたのではない』と言えば、今度は、ここにいる大ぜいの群衆が騒ぎだすだろう。 な
にしろ連中はみな、ヨハネを預言者だと信じきっているんだから。」 27結局、「わかり
ません」と答えるほかありませんでした。
するとイエスは、言われました。 「それなら、わたしもさっきの質問には答えません。
28ところで、次のような話をどう思いますか。ある人に息子が二人いました。 兄のほ
うに『今日、農場で働いてくれ』と言うと、 29『はい、行きます』と答えたのに、実
際には行きませんでした。 30次に、弟のほうに、『おまえも行きなさい』と言いました。
弟は『いやです』と答えましたが、あとで悪かったと思い直し、出かけました。 31二
人のうち、どちらが父親の言うことを聞いたのでしょうか。」「もちろん、弟です。」彼らは
答えました。
次にイエスは、そのたとえ話の意味を説明なさいました。 「確かに、悪人や売春婦たち
のほうが、あなたがたより先に神の国に入ります。 32そうでしょう。 バプテスマの
ヨハネが来て、悔い改めて神に立ち返れと言った時、あなたがたはその忠告を無視しまし
た。 しかし、極悪人や売春婦たちは言われたとおりにしました。 あなたがたは、それ
を目のあたりにしながら、なお罪を捨てようとしませんでした。 ですから、信じること
ができなかったのです。
33 もう一つのたとえ話をしましょう。 ある農園主が、ぶどう園を造り、垣根を巡ら
し、見張りの塔を建てました。 そして、収穫の何割かを取り分にするという約束で、農
夫たちにぶどう園を貸し、自分は外国へ行って、そこに住んでいました。
34 さて、収穫の時期になったので、幾人かの代理人をやり、自分の分を受け取ろうと
しました。 35ところが農夫たちは、代理人たちに襲いかかり、袋だたきにするやら、
石を投げつけるやらしたあげく、一人を殺してしまいました。
36 農園主はさらに多くの人を送りましたが、結果は同じことでした。 37最後には、
ついに息子を送ることにしました。 息子なら、きっと敬ってくれるだろうと思ったから
です。
38 ところが農夫たちは、その息子が来るのを見ると、『おっ、あれは、ぶどう園の跡取
りだ。 よーし、あいつを片づけようぜ。 そうすりゃあ、ここはおれたちのものだ』と
言って、 39彼をぶどう園の外に引きずり出し、殺してしまいました。
40 さあ、農園主が帰って来た時、この農夫たちはどんな目に会うでしょうか。」
41 「もちろん農園主は、その悪者どもを情け容赦なく殺して、きちんと小作料を納め
る、ほかの農夫たちに貸すに決まってます。」
42 「聖書(旧約)にこう書いてあるのを、読んだことがないのですか。
『建築士たちの捨てた石が、
最も重要な土台石となった。
なんとすばらしいことか。
主は、なんと驚くべきことをなさる方か。』
43 わたしが言いたいのは、こういうことです。 神の国はあなたがたから取り上げら
れ、収穫の中から、神に納める分をきちんと納める、ほかの人たちに与えられるのです。
44この真理の石につまずく者はみな打ち砕かれます。 反対に、この石が落ちてくると、
だれもかれも、こっぱみじんです。」
45 祭司長やパリサイ人たちは、このたとえ話を聞いて、その悪い農夫とは、実は自分
たちのことなのだと気づきました。 46それで、なんとかイエスを始末しようと考えま
したが、群衆がこわくて手出しができません。 群衆は、イエスを預言者だと認めていた
からです。
二二
天国とは?
1 天国がどのようなものかを教えようと、イエスはまた幾つかのたとえ話をなさいまし
た。
2 「たとえば、天国は、王子のために盛大な結婚披露宴を準備した王のようなものです。
3大ぜいの客が招待されました。 宴会の準備がすっかり整ったので、王は使いをやり、
招待客に、もうおいでになる時間です、と知らせました。 ところが、なんと、みな出席
を断わってきたではありませんか。 4それでも王は、もう一度別の使いをやり、こう言
わせました。 『何もかも用意ができました。 肉も焼き始めています。 あなた様のお
いでを待つばかりです。』
5 ところが、招待客はそれをせせら笑うだけで、ある者は農場へ、ある者は自分の店へ
と出かけて行きました。 6そればかりか、中には王の使者に恥をかかせたり、なぐった
り、殺してしまう者さえいました。
7 これを聞いて、もうれつに怒った王は、すぐさま軍隊を出動させ、人殺しどもを滅ぼ
し、町を焼き払ってしまいました。 8そして王は、『披露宴の準備はできたというのに、
招いておいた者どもは列席する資格のない連中ばかりだった。 9よろしい。 さあ、町
へ行って、出会う者は片っぱしから、みな招待してくるのだ』と命じました。
10 王の使者たちは、命令どおり、善人悪人の区別なく、だれでも招待してきました。
宴会場は客でいっぱいです。 11ところが、王が客に会おうと出て来ると、用意してお
いた婚礼の礼服を着ていない客が一人います。 12『礼服もつけずに、どうしてここへ
入って来たのか』と尋ねましたが、その男は何とも返事をしません。
13 それで王は、側近の者たちに命じました。 『この男の手足を縛って、外の暗やみ
に放り出せ。 そこで泣きわめいたり、歯ぎしりしたりしてくやしがるがよい。』 14招
待される人は多くても、選ばれる人は少ないのです。」
15 そのころ、パリサイ人たちは、イエスをわなにかけて逮捕のきっかけになることを
言わせようと、知恵をしぼりました。 16そして、数人の仲間をヘロデ党(ヘロデを支
持する政治的な一派)の者たちといっしょにイエスのところへやり、こう質問させました。
「先生。 あなた様がたいへん正直なお方で、だれをも恐れず、また人をえこひいきもな
さらず、いつも堂々と真理を教えておられることは、よく存じ上げております。 17そ
れで、ぜひともお教え願いたいのですが……、ローマ政府に税金を納めることは、正しい
ことでしょうか。 それともよくないことでしょうか。」
18 イエスは、彼らの計略を見抜いて言われました。
「偽善者たち! わたしをわなにかけようというのですか。 19さあ、銀貨を出して見
せなさい。」
20 「ここに刻まれているのは、だれの肖像ですか、その下にある名前はだれのもので
すか。」銀貨を受け取ったイエスは問いただしました。
21 「カイザル(ローマ皇帝)です。」
「そのとおり。 ローマ皇帝のものなら、それはローマ皇帝に返しなさい。 しかし神の
ものは全部、神に返さなければなりません。」
22 彼らはこの答えに驚き、返すことばもなく、すごすごイエスの前から立ち去りまし
た。
23 ちょうど同じ日に、死後の復活などはないと主張するサドカイ人たちも来て、イエ
スに尋ねました。 24「先生。 モーセの法律では、ある男が結婚して子供のないまま
死んだ場合、弟が兄の未亡人と結婚して、生まれた子供に兄のあとを継がせることになっ
ていますね。 25ところで、こういう場合はどうなるのでしょう。 七人兄弟の家族が
あって、長男は結婚しましたが、子供がないまま死んだので、残された未亡人は次男の妻
になりました。 26ところが、次男も子供がないまま死に、その妻は三男のものになり
ました。 しかし、三男も四男も同じことで、ついにこの女は、七人兄弟全部の妻になり
ましたが、結局、子供はできずじまいでした。 27そして、彼女も死んだのですが……、
28そうすると、復活の時には、彼女はいったいだれの妻になるのでしょう。 生前、七
人とも彼女を妻にしたのですが。」
29 しかし、イエスは言われました。 「あなたがたは聖書も神の力もわかっていませ
ん。 思い違いをしています。 30いいですか。 復活の時には、結婚などというもの
はありません。 みんなが天の使いのようになるのです。 3132ところで、死人が復
活するかどうかについて、聖書を読んだことがないのですか。 神が、『わたしはアブラハ
ムの神、イサクの神、ヤコブの神である』と言われた時(すでに死んでしまったアブラハ
ム、イサク、ヤコブがいま神の御前で生きていなければ、神は『アブラハム、イサク、ヤ
コブの神であった』と言われるはずです)、あなたがたにも直接そう語りかけておられたの
だということが、わからないのですか。 神は死んだ人の神ではなく、生きている人の神
なのです。」
一番重要な戒め
33 群衆はこのイエスの答えに、すっかり感心しました。 3435しかし、パリサイ
人たちはそうはいきません。 サドカイ人たちが言い負かされたと知ると、彼らは彼らで
新しい質問を考え出し、さっそくイエスのところにやって来ました。 その中の法律の専
門家が、 36「先生。 モーセの法律の中で一番重要な戒めは何でしょうか」と尋ねま
した。
37 イエスはお答えになりました。 「『心を尽くし、たましいを尽くし、思いを尽くし
て、あなたの神である主を愛しなさい。』 38これが第一で、最も重要な戒めです。 3
9第二に重要なのも、同じようなもので、『自分を愛するように、あなたの隣人を愛しなさ
い』という戒めです。 40ほかのすべての戒めと預言者たちの命令も、この二つから出
ています。 ですから、この二つを守れば、ほかの戒めを全部守ったことになるのです。
これを守りなさい。」
41 それから、イエスは、回りを取り囲んでいるパリサイ人たちに質問なさいました。
42「キリストをどう思いますか。 彼はいったいだれの子ですか。」
「ダビデ王の子です。」
43 「それでは、なぜダビデは聖霊に動かされて語った時、キリストを『主』と呼んだ
のでしょうか。 確かこんなふうに……。
44 『神が私の主に言われた。
「わたしがあなたの敵を
あなたの足の下に置くまで、
わたしの右に座っていなさい。」』
45ダビデがキリストを『主』と呼んでいるのなら、キリストが、ただのダビデの子であ
るわけはありません。」
46 これには、返すことばもありませんでした。 その日以来、だれも、あえてイエス
に質問しようとしなくなりました。
二三
偽善者のまちがい
1 イエスは群衆と弟子たちに、お語りになりました。 2「ユダヤ人の指導者やパリサ
イ人たちが、あまりたくさんの戒めを作り上げているので、あなたがたは、彼らをまるで
モーセみたいだと思っているでしょう。 3もちろん、彼らの言うことは、みな実行すべ
きです。言っていることはいいのですから。 だが、やっていることだけは絶対にまねて
はいけません。 彼らは言うとおりに実行していないからです。 4とうてい実行でき
ないような命令を与えておいて、自分では、それを守ろうともしないのです。
5 彼らのやることと言ったら、人に見せびらかすことばかりです。幅広の経札(聖書の
ことばを納めた小箱で、祈りの時に身につける)を腕や額につけたり、着物のふさ(神の
おきてを思い出すために着物のすそにつけるように命じられていた)を長くしたりして、
あたかも聖者であるかのように、ふるまいます。 6また、宴会で上座に着いたり、会堂
の特別席に座ったりするのが何より好きです。 7街頭でていねいなあいさつを受けたり、
『ラビ』とか『先生』とか呼ばれることも大好きです。 8だがあなたがたは、だれから
もそう呼ばれないようにしなさい。 なぜなら、神だけがあなたがたのラビ〔教師〕であ
って、あなたがたはみな同じ兄弟だからです。 9またこの地上で、だれをも『父』と呼
ばないようにしなさい。 天におられる神だけが『父』と呼ばれるにふさわしい方だから
です。 10それに、『先生』と呼ばれてもいけません。 あなたがたの先生は、ただキリ
スト一人です。
11 人に仕える人が最も偉大な者です。 ですから、まず仕える者になりなさい。 1
2われこそはと思っている人たちは、必ず失望し、高慢の鼻をへし折られてしまいます。
一方、自分から身を低くする者は、かえって高く上げられるのです。
13 いまわしい人たちよ。 パリサイ人、ユダヤ教の指導者たち。 あなたがたは偽善
者です。 天国に入ろうとしている人たちのじゃまをし、自分でも入ろうとはしないので
す。 14町の大通りで、見栄のための長い祈りをし、聖者のようなふりをしながら、そ
のくせ未亡人の家を食いものにしています。 偽善者たち。 15そうです。 あなたが
たのような偽善者こそいまわしいものです。 たった一人の改宗者(ユダヤ教に転向した
人)をつくるために、どんな遠くへでもせっせと出かけて行くが、結局その人を、自分よ
り倍も悪い地獄の子にしてしまうからです。 16自分の目が見えないくせに人の道案内
をしようとする者たち。 いまわしい人たちよ。 あなたがたの規則では、『神殿にかけて』
と誓った誓いは何でもないが、『神殿の黄金にかけて』と誓った誓いは果たさなければなら
ないそうですね。 17愚かな人たち。 黄金と、黄金を神聖なものにする神殿と、いっ
たいどちらが大切なのですか。 18また、『祭壇にかけて』と誓った誓いは破ってもいい
が、『祭壇の上の供え物にかけて』と誓った誓いは果たさなければならないそうですね。
19愚かな人たち。 祭壇の上の供え物と、その供え物を神聖なものにする祭壇自体と、
いったいどちらが大切なのですか。 20『祭壇にかけて』と誓うことは、祭壇の上のす
べてのものにかけて誓うことにもなるのだし、 21『神殿にかけて』と誓うなら、神殿
と、そこにおられる神にかけて誓うことになるのです。 22また、『天にかけて』と誓う
なら、神の御座と神ご自身にかけて誓うことになるのです。
23 いまわしい人たちよ。 パリサイ人、ユダヤ教の指導者たち。 あなたがたは偽善
者です。 自分の畑でとれる、はっかの葉の最後の一枚に至るまで、実にきちょうめんに
十分の一をささげているのに、正義と思いやり、信仰というほんとうに大切なことは無視
しています。 もちろん、十分の一献金はしなければなりません。 しかし、もっと大切
なことをなおざりにしては、何にもなりません。 24自分の目が見えないくせに、他人
の道案内をしようとする者たち。 あなたがたは、ぶよはこして取り出しながら、らくだ
は丸ごと飲み込んでいるのです。
25 いまわしい人たちよ。 パリサイ人、ユダヤ教の指導者たち。 あなたがたは偽善
者です。 杯の外側はきれいにみがき上げるが、内側はゆすりと貪欲で汚れきっています。
26目の見えないパリサイ人たち。 まず杯の内側をきれいにしなさい。 そうすれば、
杯全体がきれいになるのです。
27 いまわしい人たちよ。 パリサイ人、ユダヤ教の指導者たち。 あなたがたは美し
く塗り立てた墓のようです。 外側がどんなにきれいでも、中は死人の骨や汚らわしいも
の、腐ったものでいっぱいなのです。 28自分を聖人らしく見せようとしているが、そ
の信仰深そうな外見とは裏腹に、心の中はあらゆる偽善と罪で汚れているのです。
29 いまわしい人たちよ。 パリサイ人、ユダヤ教の指導者たち。 あなたがたは偽善
者です。 先祖が殺した預言者の記念碑を建てたり、先祖の手にかかった、神を敬う者た
ちの墓前に花を飾ったりして、 30『私たちには、ご先祖様がしたような、こんな恐ろ
しいまねは、とてもできません』と言っています。
31 そんなことを言うこと自体、自分があの悪人たちの子孫だということを、自分で証
言するようなものです。 32あなたがたは先祖の悪業を継いで、その目盛りの不足分を
満たしているのです。 33蛇よ。まむしの子らよ。 あなたがたは、地獄の刑罰を逃れ
ることはできません。
34 わたしがあなたがたのところに、預言者や、聖霊に満たされた人、神のことばを書
き記す力を与えられた人たちを遣わすと、あなたがたは彼らを十字架につけて殺したり、
会堂でむち打ったり、町から町へと追い回して迫害したりします。
3536こうして、正義の人アベルから、神殿と祭壇との間で殺されたバラキヤの子ザカ
リヤに至るまで、神を敬う人たちが流したすべての血について、あなたがたは有罪とされ
ます。 そうです。 何世紀にもわたって積み重ねられてきたこれらの報いは、今この時
代の者たちの上に一度に降りかかってくるのです。
37 ああ、エルサレム、エルサレム。 預言者たちを殺し、神がこの都のために遣わさ
れたすべての人を石で打ち殺す町よ。 わたしは、めんどりがひなを翼の下に集めるよう
に、何度、あなたの子らを集めようとしたことでしょう。 それなのに、あなたがたはそ
れを拒んでしまったのです。 38ですから、あなたがたの家は荒れ果てたまま見捨てら
れます。 39はっきり言っておきます。 神から遣わされた方を喜んで迎えるようにな
るまで、あなたがたは二度とわたしを見ることはありません。」
二四
この世の終わり
1 イエスが神殿の庭から出ようとしておられると、弟子たちが近寄って来て、「この神殿
は、たいそう立派ですね」と言いました。
2 ところが、イエスは言われました。 「今、あなたがたが目を見張っているこれらの
建物は、一つの石もほかの石の上に残らないほど、あとかたもなく壊されてしまいます。」
3 そのあとのことです。 イエスがオリーブ山の中腹に座っておられると、弟子たちが
来てこっそり尋ねました。 「そんな恐ろしいことがいつ起こるのですか。 あなた様が
もう一度おいでになる時や、この世の終わりには、どんな前兆があるのでしょう。」
4 そこでイエスは、彼らに説明なさいました。 「だれにもだまされないようにしなさ
い。 5そのうち、自分こそキリストだと名乗る者が大ぜい現われて、多くの人を惑わす
でしょう。 6また、あちらこちらで戦争が始まったといううわさが流れるでしょう。 だ
がそれは、わたしがもう一度来る時の前兆ではありません。 こういう現象は必ず起こり
ますが、それでもまだ、終わりが来たのではありません。 7民族は民族に、国は国に敵
対して立ち上がり、至る所でききんと地震が起こります。 8しかし、これらはみな、や
がて起こる恐ろしい出来事のほんの始まりにすぎないのです。
9 その時、あなたがたは苦しめられ、殺されることもあるでしょう。また、わたしの弟
子だというだけで、世界中の人から憎まれるでしょう。 10ですから、その時には多く
の者が罪の生活に逆戻りし、互いに裏切り、憎み合います。 11また多くの偽預言者が
現われ、大ぜいの人を惑わします。 12罪があらゆる所にはびこり、人々の愛は冷えき
ってしまいます。 13けれども、最後まで耐え忍ぶ者は救われるのです。
14 そして御国についてのすばらしい知らせが全世界に宣べ伝えられ、すべての国民が
それを耳にします。 それから、ほんとうの終わりが来るのです。
15 ですから、預言者ダニエルが語った、あの恐るべきものが聖所に立つのを見たなら
〔読者よ、この意味をよく考えなさい〕、 16その時は、ユダヤにいる人たちは山に逃げ
なさい。 17屋上にいる人たちは家の中の物を持ち出そうと下に降りてはいけません。
18畑で野良仕事をしている人たちは着物を取りに戻ってはいけません。
19 このような日には、妊娠している女と乳飲み子をかかえている母親は、ほんとうに
不幸です。 20あなたがたの逃げる日が、冬や安息日にならないように祈りなさい。 2
1その時には、歴史上、類を見ないような大迫害が起こるからです。
22 もし、このような迫害の期間が短くされないなら、人類は一人残らず滅ぶでしょう。
だが、神に選ばれた人たちのために、この期間は短くされるのです。
23 その時、『キリスト様がここにおられるぞ』とか、『あそこだ』『いや、ここだ』など
と情報が乱れ飛んでも、そんなデマを信じてはいけません。 24それは、偽キリストや
偽善者たちです。 彼らは不思議な奇蹟を行なって、できることなら、神に選ばれた者た
ちをさえ、惑わそうとするのです。 25いいですね。 よく警告しておきますよ。
26 ですから、だれかが、『メシヤ(救い主)がまたおいでになった。荒野におられるぞ』
と知らせても、わざわざ見に出かけることはありません。 また、『メシヤはこれこれの所
に隠れておられるぞ』と言っても、信じてはいけません。 27なぜなら、メシヤのわた
しは、いなずまが東から西へひらめき渡るようにして、帰って来るからです。 28死体
がある所には、はげたかが集まるものです。
29 これらの迫害が続いたすぐあとで、太陽は暗くなり、月は光を失い、星は天から落
ち、宇宙に異変が起こります。
30 その時、わたしが来るという前兆が天に現われるのです。 地上のあらゆる国の人々
は深い悲しみに包まれ、わたしが力とすばらしい栄光を帯びて、雲に乗って来るのを見ま
す。 31ラッパが高らかに鳴り響く中で、わたしは御使いたちを遣わします。 御使い
たちは、天と地の果てから果てまで行き巡り、選ばれた者たちを集めるのです。
32 さあ、いちじくの木から教訓を学びなさい。 いちじくの葉が出てくれば、夏は間
近です。 33同じように、このようなことが起こり始めたら、わたしは、もう戸口まで
来ているのです。 34それらのことが全部起こってから、この時代は終わりになるので
す。
35 天地は消え去りますが、わたしのことばは永遠に残ります。 36だが、その日、
その時がいつであるかは、だれも知りません。 御使いばかりか、神の子さえも、知らな
いのです。 ただ父だけがご存じです。
3738ちょうど、ノアの時代のように。 当時の人々は洪水が襲う直前まで、やれ宴会
だ、パーティーだ、結婚式だと陽気にやっていました。 39何もかも押し流されてしま
うまで、洪水のことなど信じようとしなかったのです。 わたしが来る時も、それと同じ
です。
40 その時、二人の人が野良仕事をしていると、一人は天に上げられ、一人はあとに残
されます。 41家事をしている二人の婦人のうち、一人は天に上げられ、一人はその場
に残されます。
42 主はいつ来られるか、わからないのだから、いつ来られてもいいように準備をして
いなさい。
43 寝ずの番をしていれば、どろぼうに入られることもありません。 44同じように、
日ごろの備えが万全であれば、わたしが何の前ぶれもなくやって来ても、少しも困ること
はないはずです。
4546あなたがたは、主の、賢い忠実な召使として働いていますか。 あなたがたに、
子供たちの食事の世話をし、家の中を管理する仕事を任せたではありませんか。 わたし
が帰って来た時、その仕事を忠実にやっているところを見られる人はしあわせです。 4
7わたしはそのような忠実な人たちに、全財産を管理させるつもりです。
48 しかし、もし、あなたがたが悪い召使で、『主はまだ当分、帰って来ないだろう』と
高をくくり、 49仲間をいじめたり、宴会を開いて酒を飲んだりし始めたらどうでしょ
う。 50主は何の前ぶれもなく、思いがけない時に帰って来て、この有様を見、 51
あなたがたを激しくむち打ち、偽善者たちと同じ目に会わせるでしょう。 あなたがたは
泣きわめき、歯ぎしりしてくやしがるのです。
二五
再び天国のたとえ話
1 天国は、ランプを持って花婿を迎えに出た、十人の娘〔花嫁の付き添い〕の話でも説
明できます。 2‐4そのうちの五人は賢く、ランプの油を十分用意していましたが、残
りの五人は愚かで、うっかり忘れていました。
5 さて、花婿の到着が遅れたので、みな横になり寝入ってしまいました。 6真夜中ご
ろ、ようやく、『花婿のお着きーっ。 迎えに出なさーい』と叫ぶ声がします。
78娘たちはとび起きると、めいめい自分のランプを整えました。 その時、油を用意し
ていなかった五人の娘は、ランプが今にも消えそうなので、ほかの五人に油を分けてほし
いと頼みました。
9 『ごめんなさい。 でも、分けてあげるほどはないの。 それよりもお店に行って、
買ってきたほうがいいんじゃないかしら。』
10 こう言われて、あわてて買いに行っているうちに、花婿が到着しました。 用意の
できていた娘たちは、花婿といっしょに披露宴に行き、戸は閉じられました。
11 そのあとで、例の五人が帰って来て、『ご主人様ーっ、戸を、戸を開けてくださーい』
と叫びました。
12 ところが主人は、『さっさと行ってしまえ。 もう遅すぎる!』と冷たく答えました。
13 こんなことにならないために、目を覚まして、いつでもわたしを迎える準備をして
いなさい。 わたしが来るその日、その時が、いつかわからないのですから……。
14 天国はまた、他国へ出かけたある人の例で説明できます。 彼は出発前に、使用人
たちを呼び、『さあ、元手をやるから、これで留守中に商売をしろ』と、それぞれにお金を
預けました。
15 めいめいの能力に応じて、一人には百五十万円、ほかの一人には六十万円、もう一
人には三十万円というふうに。 こうして、彼は旅に出ました。 16百五十万円受け取
った男は、それを元手にさっそく商売を始め、じきに百五十万円もうけました。 17六
十万円受け取った男もすぐ仕事を始め、六十万円もうけました。
18 ところが、三十万円受け取った男は、地面に穴を掘ると、その中にお金を隠してし
まいました。
19 だいぶ時がたち、主人が帰って来ました。 すぐに使用人たちが呼ばれ、清算が始
まりました。 20百五十万円預かった男は三百万円を差し出しました。
21 主人は彼の働きをほめました。 『おまえはわずかなお金を忠実に使ったな。 今
度はもっと大きな責任のある仕事をやろう。 私といっしょに喜んでくれ。』
22 次に、六十万円受け取った男が来て、報告しました。 『ご主人様。 ごらんくだ
さい。 あの六十万円を倍にしました。』
23 『よくやった。 おまえはやり手で、しかも忠実なやつだ。 わずかなお金を忠実
に使ったから、次はもっとたくさんの仕事をやろう。』主人はこの男もほめてやりました。
2425最後に、三十万円受け取った男が進み出て、言いました。 『ご主人様。 あな
た様はたいそうひどい方でございます。 私は前々から、それを存じ上げておりましたか
ら、せっかくお金をもうけても、あなた様が横取りなさるのではないかと、こわくてしか
たがなかったのです。 それで、あなた様のお金を土の中に隠しておきました。 はい、
これがそのお金でございます。』
26 これを聞いて、主人は答えて言いました。 『なんという悪いやつだ! なまけ者
めが! 私がおまえのもうけを取り上げるのが、わかっていたというのか。 27だった
ら、せめて、そのお金を銀行にでも預金しておけばよかったのだ。 そうすりゃあ、利息
がついたじゃないか。 28さあ、こいつのお金を取り上げて、三百万円持っている者に
やってしまえ。 29与えられたものを上手に使う者にはもっと多くのものが与えられて、
ますます豊かになる。 だが不忠実な者は、与えられたわずかなものさえ取り上げられて
しまうのだ。 30役立たずは、外の暗やみへ追い出してしまえ。 そこで、泣きわめく
なり、歯ぎしりしてくやしがるなりするがいい。』
31 けれども、メシヤ(救い主)のわたしが、その栄光の輝きのうちに、すべての御使
いと共にやって来る時、わたしは栄光の王座につきます。 32そして、すべての国民が
わたしの前に集められます。 その時わたしは、羊飼いが羊とやぎとを選別するように、
人々を二組に分け、 33羊はわたしの右側に、やぎを左側に置きます。
34 王として、わたしはまず、右側の人たちに言います。 『わたしの父に祝福された
人たちよ。 さあ、この世の初めから、あなたがたのために用意されていた御国に入りな
さい。 35あなたがたは、わたしが空腹だった時に食べ物を与え、のどが渇いていた時
に水を飲ませ、旅人だった時に家に招いてくれたからです。 36それにまた、わたしが
裸の時に服を与え、病気の時や、牢獄にいた時には見舞ってもくれました。』
37 すると、これらの正しい人たちは答えるでしょう。 『王様。 私たちがいったい
いつ、あなた様に食べ物を差し上げたり、水を飲ませたりしたでしょうか。 38また、
いったいいつ、あなた様をお泊めしたり、服を差し上げたり、 39お見舞いにうかがっ
たりしたでしょうか。』
40 『あなたがたが、だれでも困っている人に親切にしたのは、わたしにしたのと同じ
なのですよ。』
41 次に、左側にいる人たちに言います。 『のろわれた者たちよ。 さあ、悪魔とそ
の手下の悪霊どものために用意されている、永遠に燃え続ける火の中に入りなさい! 4
2あなたがたは、わたしが空腹だった時にも食べ物をくれず、のどが渇いていた時にも水
一滴恵もうとはせず、 43旅人だった時にも、もてなそうとはしませんでした。 また
わたしが裸の時にも着物一枚くれるわけでなく、病気の時にも、牢獄にいた時にも知らん
顔をしていたではありませんか。』
44 すると彼らは、こんなふうに抗議するでしょう。 『王様。 私たちがいったいい
つ、あなた様が空腹だったり、のどが渇いていたり、旅人だったり、裸だったり、病気だ
ったり、牢獄におられたりするのを見て、お世話しなかったとおっしゃるのですか。』
45 そこで、わたしはこう言います。 『あなたがたが、これらの一番小さい者たちを
助けようとしなかったのは、わたしを助けなかったのと同じです。』
46 こうして、この人たちは永遠の刑罰を受け、一方、正しい人たちには永遠のいのち
が与えられるのです。」
二六
ユダの裏切り
1 イエスはこれらのことを話し終えると、弟子たちに言われました。
2 「あなたがたも知っているように、あと二日で過越の祭りが始まります。 いよいよ、
わたしが裏切られ、十字架につけられる時が近づいたのです。」
3 ちょうどそのころ、大祭司カヤパの家では、祭司長やユダヤ人の指導者たちが集まり、
4イエスをひそかに捕らえて殺そうという相談のまっ最中でした。 5しかし、「祭りの間
は見合わせたほうがいいだろうな。 群衆の暴動でも起きたら、それこそ大変だから」と
いうのが、彼らの一致した意見でした。
6 さて、イエスはベタニヤへ行き、らい病人シモンの家にお入りになりました。 7そ
こで食事をしておられると、非常に高価な香油のつぼを持った女が入って来て、その香油
をイエスの頭に注ぎかけました。
8 それを見た弟子たちは、腹を立てました。 「なんてもったいないことを! 9売れ
ばひと財産にもなって、貧しい人たちに恵むこともできたのに。」
10 イエスはこれを聞いて言われました。 「なぜ、そうとやかく言うのですか。 こ
の女はわたしのために、とてもよいことをしてくれたのです。 11いいですか。 貧し
い人たちならいつも回りにいますが、わたしはそうではありません。 12今、この女が
香油を注いでくれたのは、わたしの葬りの準備なのです。 13ですから、よく言ってお
きますが、この女のことは、いつまでも忘れられないでしょう。 そして御国のすばらし
い知らせが伝えられる所ならどこででも、この女のしたことも語り継がれるでしょう。」
1415このことがあってから、十二弟子の一人、イスカリオテのユダは祭司長たちのと
ころへ、「あのイエスをあなたがたに売り渡したら、いったい、いくらいただけるんですか」
と聞きに行きました。 こうして、とうとう彼らから銀貨三十枚を受け取ったのです。 1
6この時から、ユダはイエスを売り渡そうと機会をねらい始めました。
17 過越の祭りの日、すなわちイースト菌を入れないパンの祭りの最初の日に、弟子た
ちが来て、イエスに尋ねました。 「先生。 過越の食事は、どこですればよろしいでし
ょうか。」
18「町に入って行くと、これこれの人に会います。 その人に言いなさい。 『私ども
の先生が「わたしの時が近づいた。 お宅で弟子たちといっしょに過越の食事をしたいの
だが」と申しております。』」 19弟子たちはイエスの言われたとおりに事を運び、夕食
の用意をしました。
20 その夕方、十二弟子といっしょに食事をしている時、 21イエスは、「あなたがた
のうちの一人が、わたしを裏切ろうとしています」と言われました。
22 これを聞いた弟子たちはひどく心を痛め、口々に「まさか、私じゃないでしょうね」
と尋ねました。
23「わたしといっしょに鉢に手を浸している者が、裏切るのです。 24わたしは預言
のとおりに、死ななければなりません。 だが、わたしを裏切る者はのろわれます。 そ
の人は、むしろ生まれなかったほうがよかったのです。」
25 ユダも、何げないふりをして尋ねました。 「先生。 まさか、私じゃないでしょ
うね。」
「いや、あなたです。」イエスはお答えになりました。
26 食事の最中に、イエスは一かたまりのパンを取り、祝福してから、それをちぎって
弟子たちに分け与えました。 「これを取って食べなさい。 わたしの体です。」
27 またぶどう酒の杯を取り、感謝の祈りをささげてから、弟子たちに与えて言われま
した。 「皆この杯から飲みなさい。 28これは新しい契約を保証するわたしの血、多
くの人の罪を赦すために流される血です。 29よく言っておきますが、やがて父の御国
で、あなたがたといっしょに新しく飲む日まで、わたしは二度と、このぶどう酒を飲みま
せん。」
30 このあと、一同は賛美歌をうたうと、そこを出て、オリーブ山に向かいました。
31 その時、イエスは弟子たちに言われました。 「今夜あなたがたはみな、わたしを
見捨てて逃げるでしょう。 聖書(旧約)に、『わたしが羊飼いを打つ。 すると羊の群れ
は散り散りになる』と書いてあるから……。 32だが、わたしは復活して、もう一度ガ
リラヤに行きます。 そこであなたがたに会います。」
33「たとい、みんながあなた様を見捨てようと、私だけは、この私だけは絶対に、見捨
てなどいたしません」と叫ぶペテロに、 34イエスは言われました。 「はっきり言い
ましょう。 あなたは今夜鶏が鳴く前に、三度、わたしを知らないと言います。」
35 しかしペテロは、「死んでも、あなた様を知らないなどとは申しません」と言いはり、
ほかの弟子たちも、口々に同じことを言いました。
苦しみ祈るイエス
36 それからイエスは、弟子たちを連れて、木の茂ったゲツセマネの園に行かれました。
そして弟子たちに、「わたしが向こうで祈っている間、ここに座って待っていなさい」と言
い残し、 37ペテロと、ゼベダイの子ヤコブとヨハネだけを連れて、さらに奥のほうへ
行かれました。 その時です。 激しい苦痛と絶望がイエスを襲い、苦しみもだえ始めら
れました。
38「ああ、恐れと悲しみのあまり、今にも死にそうです。 ここを離れずに、わたしと
いっしょに目を覚ましていなさい。」
39 三人にこう頼むと、イエスは少し離れた所に行き、地面にひれ伏して必死に祈られ
ました。 「父よ。 もし、もしできることなら、この杯を取り除いてください。 しか
し、わたしの思いどおりにではなく、あなたのお心のままになさってください!」
40 それから、弟子たちのところへ戻って来られると、なんと、三人ともぐっすり眠り
込んでいるではありませんか。 そこで、ペテロを呼び起こされました。 「起きなさい、
ペテロ。 たったの一時間も、わたしといっしょに目を覚ましていられなかったのですか。
41油断しないで、いつも祈っていなさい。 さもないと誘惑に負けてしまいます。 あ
なたがたの心は燃えていても、肉体はとても弱いのですから。」
42 こうしてまた、彼らから離れて、祈られました。 「父よ。 もし、この杯を飲み
ほさなければならないのでしたら、どうぞ、あなたのお心のままになさってください!」
43 イエスがもう一度戻って来られると、三人はまたもや眠り込んでいます。 まぶた
が重くなって、どうしても起きていられなかったのです。 44イエスは、三度目の祈り
をするために戻り、前と同じ祈りをなさいました。
45 それからまた、弟子たちのところに来て、「まだ眠っているのですか! 目を覚まし
なさい。 時が来ました。 いよいよ、わたしは悪い人たちに売り渡されるのです。 4
6立ちなさい。 さあ、行くのです。 ごらんなさい、裏切り者が近づいて来ます」と言
われました。
47 イエスがまだ言い終わらないうちに、十二弟子の一人ユダがやって来ました。 彼
といっしょに、ユダヤ人の指導者たちが差し向けた大ぜいの群衆も、手に手に剣やこん棒
を持って向かって来ます。 48彼らの間では、ユダがあいさつする相手こそイエスだか
ら、そいつを逮捕するようにと、前もって打ち合わせがしてありました。 49それで、
ユダはまっすぐイエスのほうへ歩み寄り、「先生。 こんばんは」と声をかけ、さも親しげ
にイエスを抱きしめました。
50 イエスが「ユダよ。 さあ、おまえのしようとしていることを、しなさい」と言わ
れたその瞬間、人々はてんでに飛びかかり、イエスを捕らえました。
51 その時、イエスといっしょにいた一人が、さっと剣を抜き放つと、大祭司の部下の
耳を切り落としました。
52 ところが、イエスは彼を制せられたのです。 「剣をさやに納めなさい。 剣を使
う者は、自分もまた剣で殺されるのです。 53わからないのですか。 わたしが願いさ
えすれば、父が何万という御使いを送って、わたしを守ってくださるのです。 54しか
し、もし今そんなことをしたら、こうなると書いてある聖書(旧約)のことばが実現しな
いではありませんか。」
55 そして今度は、群衆に向かって言われました。 「剣やこん棒で、これほどものも
のしく武装しなければならないほど、わたしは凶悪犯なのでしょうか! わたしが毎日神
殿で教えていた時には、手出しもできなかったではありませんか。 56だがいいですか、
こうなったのはすべて、預言者たちのことばが実現するためなのです。」
もうこの時には、弟子たちはみな、イエスを見捨てて逃げ去っていました。
57 暴徒どもは、イエスを大祭司カヤパの家に引っ立てました。 ちょうど、ユダヤ人
の指導者たちが、一堂に集まり、今や遅しと待ちかまえているところでした。 58一方、
ペテロは遠くからあとをつけて行き、大祭司の家の中庭にもぐり込みました。 そして兵
士たちにまじって、イエスがどんなことになるのか見届けようとしました。
59 そこには、祭司長たちやユダヤの最高議会の全議員が集まり、なんとかイエスを死
刑にしようと、偽証する者を捜し回っていました。
60 ところが、偽証した者は多かったのですが、その証言がみな食い違っているのです。
そうこうするうちに、やっとのことで、格好の証人が現われました。 二人の男が進み出
て、 61「こいつは、『神殿を打ちこわして、三日の間に建て直すことができる』と言っ
ていました」と、証言したのです。
62 大祭司はここぞとばかりに立ち上がり、イエスに問いただしました。 「さあ、黙
っていないで答えたらどうだ。 ほんとうにそんな大それたことを言ったのか。 それと
も言わなかったのか。」 63それでもなお、イエスは黙っておられます。 大祭司は続け
ました。 「生ける神の御名によって命じる。 おまえは神の子キリストなのかどうか。
さあ、はっきり答えてみろ。」
64 イエスはお答えになりました。 「そのとおり、わたしがキリストです。 あなた
がたは、やがてメシヤ(救い主)のわたしが、神の右の座につき、雲に乗って来るのを見
るでしょう。」
65 これを聞いた大祭司は、即座に着物を引き裂き、大声で叫びました。「冒涜だ! 神
を汚すことばだ! これだけ聞けば十分だ。 さあ、みんなも聞いたとおりだ。 66こ
の男をどうしよう。」
一同はいっせいに叫びました。 「死刑だ、死刑だ、死刑にしろっ!」
67 そうして、イエスの顔につばきをかけたり、げんこつでなぐったりしました。 中
には、平手打ちを食らわせて、 68「おい、キリストだってなあ。 当ててみろよ。 今
おまえさんを打ったのはどこのどいつだい」とからかう者もいました。
ペテロの大失敗
69 一方、ペテロは中庭に座っていましたが、一人の女中がやって来て、「あら、あんた
イエスといっしょにいた人じゃないの。 二人ともガリラヤの人でしょう」と話しかけま
した。
70 ところがペテロは、「人違いだ。 変な言いがかりはよしてくれ」と大声で否定しま
した。
71 まずいことになったと、急いで出口のほうへ行きかけると、また別の女中に見つか
りました。 女中は回りの人たちに、「ねえねえ、この人もナザレから来たイエスという人
といっしょだったわよ」と言いふらすではありませんか。
72 ペテロはあわててそれを打ち消し、その上、「断じて、そんな男は知るもんか」と誓
いました。
73 ところが、しばらくすると、近くにいた人たちが彼のところへ来て、口々に言い始
めました。 「いやーっ、おまえは確かにあの男の弟子の一人だぞ。 隠してもむださ。
そのガリラヤなまりが何よりの証拠だからな。」
74 たじたじとなったペテロは「そんな男のことなんか、絶対に知るもんか。 これが
うそなら、どんな罰があたってもかまわないぞ」と言いだしました。
するとどうでしょう。 すぐに、鶏の鳴く声が聞こえました。 75その瞬間、ペテロは、
はっとわれに返りました。 「鶏が鳴く前に、あなたは三度わたしを知らないと言うでし
ょう」と言われたイエスのことばを思い出したからです。 ペテロは外へ駆け出して行く
と、胸も張り裂けんばかりに激しく泣きました。
二七
イエスの裁判と十字架の死
1 さて、朝になりました。 祭司長とユダヤ人の指導者たちはまた集まり、どうやって
ローマ政府にイエスの死刑を承認させようかと、あれこれ策を練りました。 2それから、
縛ったまま、イエスをローマ総督ピラトに引き渡しました。
3 ところで、裏切り者のユダは、どうなったでしょう。 イエスに死刑の判決が下され
ると聞いてはじめて、彼は自分のしたことがどんなに大それたことか気づき、深く後悔し
ました。 祭司長やユダヤ人の指導者たちのところに銀貨三十枚を返しに行き、 4「私
はとんでもない罪を犯してしまった。 なんてことだ。 罪のない人を裏切ったりして…
…」と言いました。
しかし祭司長たちは、「今さらわしらの知ったことか。 かってにしろ」と突っぱね、取り
合おうともしません。
5 それでユダは、神殿の床に銀貨を投げ込み、出て行って首をくくって死んでしまいま
した。 6祭司長たちはその銀貨を拾い上げてつぶやきました。 「まさか、これを神殿
の金庫に入れるわけにもいくまい。 人を殺すために使った金を納めるなど、おきてに反
することだからなあ……。」
7 相談の結果、そのお金で、陶器師が粘土を取っていた畑を買い上げ、そこをエルサレ
ムで死んだ外国人の墓地とすることに決まりました。 8そこでこの墓地は、今でも「血
の畑」と呼ばれています。
910こうして、エレミヤの預言のとおりになったのです。 「彼らは銀貨三十枚を取っ
た。 それは、イスラエルの人々がその人を見積った値段だ。 彼らは、主が私に命じら
れたように、それで陶器師の畑を買った。」
11 さてイエスは、ローマ総督ピラトの前に立たれました。 総督はイエスを尋問しま
した。 「おまえはユダヤ人の王なのか。」イエスは「そのとおりです」とお答えになりま
した。
12 しかし、祭司長とユダヤ人の指導者たちからいろいろな訴えが出されている時には、
口をつぐんで、何もお答えになりませんでした。 13それでピラトは、「おまえにあれほ
ど不利な証言をしているのが、聞こえんのか」と尋ねました。
14 それでもイエスは何もお答えになりません。 これには総督も、驚きあきれてしま
いました。
15 ところで、毎年、過越の祭りの間に、ユダヤ人たちが希望する囚人の一人に、総督
が恩赦を与える習慣がありました。 16当時、獄中には、バラバという悪名高い男が捕
らえられていました。 17それで、その朝、群衆が官邸に詰めかけた時、ピラトは尋ね
ました。 「さあ、いったいどちらを釈放してほしいのか。 バラバか、それともキリス
トと呼ばれるイエスか。」 18こう言ったのは、イエスが捕らえられたのは、イエスの人
気をねたむユダヤ人の指導者たちの陰謀にすぎない、とにらんだからです。
19 裁判のまっ最中に、ピラトのところへ夫人が、「どうぞ、その正しい方に手をお出し
になりませんように。 ゆうべ、その人のことで恐ろしい夢を見ましたから」と言ってよ
こしました。
20 ところが、祭司長とユダヤ人の役人たちは、バラバを釈放し、イエスの死刑を要求
するように、群衆をたきつけました。 21それで、ピラトがもう一度、「二人のうち、ど
ちらを釈放してほしいのか」と尋ねると、群衆は即座に、「バラバを!」と大声で叫んだの
でした。
22「では、キリストと呼ばれるあのイエスは、どうするのだ。」
「十字架につけろっ!」
23「どうしてか。 ええっ。 あの男がいったいどんな悪事を働いたというのだ。」ピラ
トがむきになって尋ねても、人々は「十字架だっ! 十字架につけろっ!」と叫び続ける
ばかりです。
24 どうにも手のつけようがありません。 暴動になる恐れさえ出てきました。 あき
らめたピラトは、水を入れた鉢を持って来させ、群衆の面前で手を洗い、「この正しい人の
血について、私には何の責任もない。 責任は全部おまえたちが負え」と言いました。
25 すると群衆は大声で、「かまうもんか。 責任はおれたちが負ってやらあ。 子供ら
の上にふりかかってもいいぜ」とわめき立てるのでした。
26 ピラトはやむなくバラバを釈放し、イエスのほうは、むち打ってから、十字架につ
けるためにローマ兵に引き渡しました。 27兵士たちはまず、イエスを兵営に連れて行
き、全部隊を召集すると、 28イエスの着物をはぎとって赤いガウンを着せ、 29長
いとげのいばらで作った冠を頭に載せ、右手には、王の笏に見立てた葦の棒を持たせまし
た。 それから、拝むまねをして、「これはこれは、ユダヤ人の王様ですか。 ばんざーい
っ!」とはやし立てました。 30また、つばきをかけたり、葦の棒をひったくって頭を
たたいたりしました。
31 こうしてさんざんからかったあげく、赤いガウンを脱がせ、もとの服を着せると、
いよいよ十字架につけるために引っ立てて行きました。 32刑場に行く途中、通りすが
りの男にむりやりイエスの十字架を背負わせました。 クレネから来合わせていたシモン
という男でした。 33ついに、ゴルゴタ、すなわち「がいこつの丘」という名で知られ
る場所に着きました。 34兵士たちはそこで、薬用のぶどう酒を飲ませようとしました
が、イエスはちょっと口をつけただけで、飲もうとはなさいませんでした。
35 イエスを十字架につけ終わると、兵士たちはさいころを投げてイエスの着物を分け
合いました。 36それがすむと、今度はその場に座り込んで見張り番です。 37また
イエスの頭上には、「この者はユダヤ人の王イエスである」と書いた罪状書きを打ちつけま
した。
38 その朝、強盗が二人、それぞれイエスの右と左で十字架につけられました。 39
刑場のそばを通りかかった人々は、大げさな身ぶりをしながら、口ぎたなくイエスをのの
しりました。 40「やーい。 神殿を打ちこわして、三日のうちに建て直せるんだって
なあ! へん、おまえが神の子だって? なら、十字架から降りてみろよ。」
41 祭司長やユダヤ人の指導者たちも、イエスをあざけりました。 42「ふん、他人
は救えるが自分は救えないというわけか。 イスラエルの王が聞いてあきれるわ。 さあ、
十字架から降りて来い! そうしたら信じてやろうじゃないか。 43おまえは神様に頼
ってるんだろうが。 神様のお気に入りなら、せいぜい助けていただくがいい。 なにし
ろ、自分を神の子だと言ってたんだからな。」
44 強盗までがいっしょになって、悪口をあびせました。
45 さて時間がたち、正午にもなったでしょうか、急にあたりが暗くなり、一面のやみ
におおわれました。 それが、なんと三時間も続いたのです。
46 三時ごろ、イエスは大声で、「エリ、エリ、レマ、サバクタニ」と叫ばれました。 そ
れは「わが神、わが神。 どうしてわたしをお見捨てになったのですか」という意味です。
47 近くで、その声を聞いた人の中には、「あれはエリヤを呼んでいるのだ」と思う者も
いました。 48一人の男がさっと駆け寄り、海綿に酸っぱいぶどう酒を含ませると、そ
れを葦の棒につけて差し出しました。 49ところが、ほかの者たちは、「放っておけよ。
エリヤが救いに来るかどうか、とくと拝見しようじゃないか」と言うだけでした。
50 その時、イエスはもう一度大声で叫んで、息を引き取られました。 51するとど
うでしょう。 神殿の至聖所を仕切っていた幕が、上から下まで真っ二つに裂けたのです。
大地は揺れ動き、岩はくずれました。 52さらに墓が開いて、生前神を敬う生活を送
った人たちが、大ぜい生き返りました。 53彼らはイエスが復活されたあと、墓を出て
エルサレムに入り、多くの人の前に姿を現わしたのです。
54 十字架のそばにいた隊長や兵士たちは、このすさまじい地震やいろいろの出来事を
見て震え上がり、「ああ、この人はほんとうに神の子だった!」と叫びました。
55 イエスの世話をするためにガリラヤからついて来た、大ぜいの婦人たちも、遠くか
らこの様子を見ていました。 56マグダラのマリヤ、ヤコブとヨセフの母マリヤ、ゼベ
ダイの息子のヤコブとヨハネとの母などです。
イエスの埋葬
57 夕方になりました。 イエスの弟子で、アリマタヤ出身のヨセフという金持ちが来
て、 58ピラトに、イエスの遺体を引き取りたいと願い出ました。 ピラトは願いを聞
き入れ、遺体を渡すように命じました。 59ヨセフは遺体を取り降ろすと、きれいな亜
麻布でくるみ、 60岩をくり抜いた、自分の新しい墓に納めました。 そして、大きな
石を転がして入口をふさぎ、帰って行きました。 61この有様を、マグダラのマリヤと
もう一人のマリヤが、近くに座って見ていました。6263翌日の安息日に、祭司長やパ
リサイ人たちがピラトに願い出ました。 「総督閣下。 あの大うそつきめは、確か、『わ
たしは三日後に復活する』……とか何とかぬかしていました。 64それをいいことに、
弟子どもが死体を盗み出し、イエスは復活したと言いふらしては、まずいことになりかね
ません。 それこそ、今どころの騒ぎではすみますまい。 大混乱になるかもしれません。
ですからどうぞ、墓を三日目まで封印するように命令を出してください。」
65 ピラトは答えました。 「よろしい。 では神殿警備員に、厳重に見張らせるがよ
い。」
66 そこで彼らは、石に封印をし、警備員をおいて、だれも忍び込めないようにしまし
た。
二八
イエスは復活した!
1 安息日も終わり、日曜日になりました。 マグダラのマリヤともう一人のマリヤは、
明け方早く、墓へ出かけました。
2 突然、大きな地震が起きました。 主の使いが天から下って来て、墓の入口から石を
転がし、その上に座ったからです。 3御使いの顔はいなずまのように輝き、着物はまば
ゆいほどの白さでした。 4警備員たちはその姿を見て震え上がり、まるで死人のように
なって、へなへなと座り込んでしまいました。
5 すると、御使いがマリヤたちに声をかけました。 「こわがらなくてもいいのです。
十字架につけられたイエス様を捜していることはわかっています。 6だがもう、イエス
様はここにはおられません。 前から話していたように復活されたのです。 中に入って、
遺体の置いてあった所を見てごらんなさい……。 7さあ早く行って、弟子たちに、イエ
ス様が死人の中から復活されたこと、ガリラヤへ行けば、そこでお会いできることを知ら
せてあげなさい。 わかりましたね。」
8 二人は、恐ろしさに震えながらも、一方ではあふれる喜びを抑えることができません
でした。 一刻も早くこのことを弟子たちに伝えようと、一目散に駆けだしました。 9
すると、そこへ突然イエスがお姿を現わされ、目の前にお立ちになり、「おはよう」とあい
さつなさいました。 二人はイエスの前にひれ伏し、御足を抱いて礼拝しました。
10 イエスは言われました。 「こわがらなくてもいいのですよ。 行って、わたしの
兄弟たちに、すぐガリラヤへ行くように言いなさい。 そこでわたしに会えるのです。」
11 二人が町へ急いでいるころ、墓の番をしていた警備員たちは祭司長たちのところに
駆け込み、一部始終を報告しました。
1213ユダヤ人の指導者が全員召集され、善後策が講じられました。 その結果、警備
員たちにお金をつかませて、夜、眠っている間に、イエスの弟子たちが死体を盗んでいっ
た、と言わせることにしました。
14 「もしこのことが総督閣下の耳に入ったとしても、うまく説得してやるから心配な
い。 おまえたちには決して迷惑はかけない。」彼らはこう約束しました。
15 賄賂を受け取った警備員たちは、言われたとおりに話しました。そのため、この話
は広くユダヤ人の間に行き渡り、今でも、彼らはそう信じているのです。
16 一方、十一人の弟子はガリラヤに出かけ、イエスから指示された山に登りました。
17そこでイエスにお会いして礼拝しましたが、中には、ほんとうにイエスだと信じない
者もいました。
18 イエスは弟子たちに言われました。 「わたしには天と地のすべての権威が与えら
れています。 19だから、出て行って、すべての国の人々をわたしの弟子とし、彼らに、
父と子と聖霊との名によってバプテスマ(洗礼)を授けなさい。 20また、新しく弟子
となった者たちには、あなたがたに命じておいたすべての戒めを守るように教えなさい。
わたしはこの世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいるのです。」

Orthodox Monk Adrian, USA: The Himalayan Ascent To Christ – From Buddhism to Orthodoxy

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The Himalayan Ascent To Christ

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JOURNEY TO ORTHODOXY

When we come to know God as Person, we begin to see His hand at work not only in the circumstances of our daily lives, but also in the events of our past which have led us to the present moment. We see how from partial truths He has led us to the fullness of Truth, and how He continues to lead us into a more profound realization of that Truth. As Fr. Seraphim Rose wrote, when we come to Christ

“no real truth we have ever known will ever be lost.”

Surrounded by five of the highest peaks in the Himalayas, I was standing at 14,000 feet gazing at the Annapurna mountains as the sun rose. My trek in Nepal had begun a few weeks previously and this was its culmination. As I stood staring at the pristine beauty soaring above me, a thought entered my mind and refused to budge:

“What’s the point?”

My ego immediately retorted to this random thought, “What’s the point! What do you mean, ‘What’s the point?’ The point is you hiked all this distance to see these mountains, now enjoy it!” Still the thought plagued my mind. Yes, it was one of the most beautiful things I had ever seen, and I was joyful at the moment, but where would those feelings be tomorrow when I was no longer so greatly inspired? The happiness of this world could never bring me satisfaction. It should have been apparent throughout my life, but it took my climbing to the top of the world for me to finally accept it. And that was my first step toward Christ and Orthodoxy.

Until that point my entire adult life had been a secular one devoted to satisfying sundry passions. I had finished University at the age of 21 with plans of going into business while at the same time pursuing a career in art. Within a year I seemed well on the way to reaching my goal. I was then living in London, employed by IBM. My position was secure and a promotion was imminent. My private life was similar to that of many of my generation: casual relationships, pursuit of comfort, and constant diversions to preserve myself from any self-reflection.

At about the same time my older sister became an Orthodox nun in Alaska. Whether it’s a coincidence or not I’m not sure, but from that time on my passion for worldly pursuits began to wane. Surveying my co-workers, no one seemed to be truly happy or content. That elusive quality of satisfaction was never present but always tantalizingly just around the corner. Travelling, sports, drinking with the “lads” all became more and more mundane. Every Monday the same question: “How was your weekend?” Every Friday again: “Any plans this weekend?” London became greyer and greyer and the steady drizzle never managed to wash away the grime.

Instead of looking deeper into the causes of my boredom, I placed the blame firmly on the shoulders of corporate culture. I assumed that my disdain for the world was due to the pursuit of monetary gain. So I quit IBM, packed my bags and returned to America. Cherishing my disdain for prosperity and social acceptance, I began my descent into Bohemia. Oddly enough, I failed to notice that the same rules that govern acceptability in corporate life were applicable to the alternative scene. Substitute a leather jacket for a suit, a tatoo for a rolex, and a pierced eyebrow for cufflink and you still have the same man.

I began the pursuit of a Masters degree in art and found a job at the Museum of Modern Art. My artwork consisted of large custom-made canvases covered in thick layers of tar. Tar had not been used as an artistic medium before, so my work was instantly popular. I strove to be passionate about obscure modern philosophers, post-punk shows and late-night parting, but it all wearied me. I assumed that something was wrong with me. Why did I find it impossible to seriously discuss a gallery exhibit featuring a basket of crushed aluminum cans and underwear stretched on pieces of wire? Why did I find no joy in watching a performance artist squawk like a chicken for fifteen minutes? Fortunately, I quickly wearied of my “alternative life-style,” and right then a friend phoned me asking if I wanted to go to Japan. I had always had an interest in Asian cultures, and I esteemed myself a floater par excellence, so within a month I found myself in Kyoto, Japan.

I quickly acclimated to my new surroundings. Within two weeks I was enrolled in a language course and had found a position teaching English. It was peculiar to be in a country where one could leave their car running while they went into a store and not worry about it being stolen. Honesty was the norm and it initiated a change in me. My conscience began to return to life. I felt an immense relief, when I began to do simple things like paying the proper toll on the subway. It was a mere adherence to the law without any deeper understanding, but it was the catalyst for subtle changes, and I began to breathe more easily.

Living in the ancient capital of Japan exposed me to two thousand years of tradition on a daily basis. I had grown up in the suburbs of southern California (the oldest building in my neighborhood being ten years old); here I was living next to a thousand year-old temple which had served countless emperors. The temples, gardens, and customs began to feed a soul that had consumed far too much tar. Naturally attracted to the beauty of the traditions, I commenced upon a phase of dabbling in Zen Buddhism. For my easily distracted and impatient mind it was too much. In a Zen temple there is only one correct way of performing any action and it must be done precisely. My bows were too violent, my posture never erect, and my socks never clean enough. The priest shuddered at my appearance. Perfection was demanded and I came up far short. I finally stopped not because of my inadequacy, but because of the utter lack of joy I felt there. It was all too mechanical: push the right buttons and attain enlightenment. There was a calmness I felt after meditating, but did this really help anyone else? I supposed I could attain this state with much less effort through a tranquilizer.

Three years passed, my Japanese was adequate, and I felt I had gleaned everything useful from the culture. The challenge of surviving in a foreign culture had disappeared, my salary was high, my job easy, I could see myself becoming complacent. It would be very easy to pass the next forty years in this very warm niche that I had carved out. I quit my job, gave up my house and began my slow journey back to America.

I travelled all over Asia from Vietnam down to Singapore with no clear destination in mind. The excitement of new places and travelling companions kept me distracted most of the time, but before bed the dull pain of emptiness would return. I was still desperately searching for that element that was missing in my life. I travelled to the remote sacred places of the Buddhists and the Hindus; by the time I reached them I was already planning the next stage in my trip. During my travels through Burma, I visited a temple on the edge of Mandalay. Thousands of steps led up the side of a mountain to the temple which overlooked the entire city. As I made my ascent, I perceived a Buddhist monk next to me matching my stride. He was in his fifties, short, slightly plump, with a ruddy cheerful countenance.

He introduced himself and we continued our climb. Arriving at the summit we sat on a wall of the temple talking as the sun set over Mandalay. After some introductory pleasantries, I turned the subject to the political situation in Burma (Burma is presently under a harsh military dictatorship) which murdered a large segment of the population after riots against corrupt policies in the late eighties). He sighed and looked upon me with a disappointed gaze,

“Why do you want to talk about that?”

I mumbled an excuse to cover the true reason, which was to display my knowledge of serious subjects. He steered the conversation in a completely different direction.

“Last week I saw a movie called ‘Jesus of Nazareth.’ What a wonderful life!”

For the next ten minutes he extolled the virtues of Christ.

I was being proselytized by a Buddhist monk, not to convert me to his religion but to Christianity. I was dumbfounded. I had thought myself far above Christianity since I was in high school, and here was a pagan giving me back what I had rejected. Because of the words of a simple Burmese monk, I was awakened to the fact that perhaps there was something more to Christianity than the veneer I had rejected. I still was not compelled at that point to make a serious investigation into Christianity, but the seed-bed was being prepared.

A short time passed and I travelled on to Nepal, where I was to meet some friends for a trek in the Himalayas. I arrived some time before them, and decided to spend the interim in a Tibetan Buddhist monastery. I found one a short distance from Katmandu, which offered courses in English. I went as a cultural tourist, sampling the next dish at the smorgasbord of world religions.

I arrived skeptical of everything, expecting to find lots of spaced out new-agers. After the first few days my opinions were completely altered. This wasn’t a feel-good chiliastic religion; these were people honestly struggling to attain the truth. I was astonished to learn that they believed in hell. Who in this modern age believes in hell? But for them it was the natural outcome of a wasted life. I was intrigued. I began to listen more carefully as further doctrines were disseminated. The core of the religion is the idea that all beings live in a transitory realm of desire and suffering. All suffering is created by chasing after that which is impermanent; instead one must look toward that which is permanent: the truth. The only way to attain this is to cease clinging to ones ego, and instead to live for others. Only when we put others’ happiness above our own can we have happiness ourselves. I was stunned: after 27 years of being told, “Do whatever feels good,” the Tibetans were telling me that whatever feels good will probably make you miserable in this life or the next.

This was a revolutionary idea to me, but at the same time I had a vague feeling I had heard it somewhere before.

After a few weeks at the monastery, I left to go trekking with my friends who had now arrived in Nepal. We took a bus across country and began our trek into the Annapurna mountain range. With full packs we ascended to 14,000 feet over the next two weeks. The scenery was stunning, the terrain changing from fertile valleys to dense forests, to snow covered summits. The hiking was drudgery at times, as we would ascend 1,000 feet and then enter a valley where we would descend the same amount. The beauty of creation was astonishing, but every night as I lay down to sleep that old feeling of missing something reappeared; I assumed this would vanish once I arrived at the base of the Annapurnas.

We reached our destination one afternoon, breathless and more than a bit disappointed. The entire area was swallowed by a huge cloud bank which we were inside. We explored the glaciers and spent time huddled next to a stove in a small tea hut. By night there was no sign of a cloud break. We went to sleep and were awakened just before dawn with the news char the weather had cleared. I came outside and one of the most astonishing sights in the world greeted my eyes. The sun slowly rose over the top of the world, which I felt I could reach out and touch. Then that dastardly thought arose in my mind, “What’s the point?” Then it dawned on me: this whole trip had been done for my own gratification. As soon as the momentary high was gone, I would be back in my own normal state. I had struggled with blisters, bad knees and giardia, and for what? To see an exalted, but in the end just another pretty view. Had this improved me as a person or helped anyone else? No, it had merely fed my ego; I had acquired excellent fodder for conversation at parties. Where had all my high Buddhist ideals gone? At that moment I realized my life had to be dedicated to some higher principle than earthly pleasure. I decided to return to the monastery.

I spent the next few months studying Tibetan Buddhist philosophy and meditation techniques. Still there were certain elements I had trouble accepting. The doctrine of Karma seemed to allow for no free will in man; ones decisions to do good or evil were always controlled by previous actions. How would it be possible to break free, if every decision was predetermined? If one had sinned since beginningless time as they believed, how could one ever purify oneself in such a short life? In some ways, what was so difficult was that it was so logical; it seemed devised by a human mind. Still the philosophy of self-sacrifice had rooted itself in me, even if I had failed to act upon it; I knew I could no longer live the life I had.

While at the Tibetan Buddhist monastery, I began reading The Way of a Pilgrim. I saw in the pilgrim the manifestation of self-abnegation and compassion that I had found in Tibetan Buddhism, yet it came from the Christian tradition I had been raised with. Why had I never heard about this in my Catholic church growing up? Stranger still was the fact that my sister was a Russian Orthodox nun and yet I knew nothing of the religions mystical qualities. I decided that perhaps I was not ready to become a Buddhist and that I should inquire further into my own heritage.

After being hit on the head enough times, I finally came to the conclusion that all of my travels were rather pointless and that I needed to return home and anchor myself. I had plans to meet friends in Egypt for Christmas, but I found a cheaper flight to Istanbul and thought that would be a good departure point for Western Europe and the U.S. The carrier was Aeroflot. A few days later it registered in my mind that Aeroflot was the Russian airline and my sister was living in Moscow. I thought perhaps they might have a stop-over in Moscow. It turned out they did. Within a few days I had a three-week stopover and a visa for Russia. I flew into Moscow on St. Herman’s day.

My sister greeted me at the airport and thus began my three-week crash course in Orthodoxy. A new world began to open to me. I was in a land where people died for Christ, and the intersession of the saints was a normal event. This was not an empty Christianity viewed as a social obligation. These were people who had endured incredible hardships in suffering for the truth.

I began reading volumes on Orthodoxy, visiting churches, and civilly discussing with my sister the differences in Orthodox and Buddhist tenets. She kept on coming back to the same point: Christianity has the truth in the form of a person. I failed to understand the importance. Force or person, I could not see the difference.

Then I met Fr. Artemy, a well-known Moscow priest with a huge congregation. He is a self-sacrificing man, whose entire life is dedicated to Christ and the spreading of the Gospel. We arrived at his church during the Saturday-night vigil. We found him hearing confessions surrounded by a crowd of fifty to a hundred people waiting to confess. I stood at the edge of the circle and before much time had passed I was pulled into its center by Fr. Artemy. With eyes closed, hands on my shoulders he began speaking to me. When he wished to emphasize a point, he would ram his forehead into mine. As he spoke to me in a highly florid English, I had the overwhelming impression that this priest, whom I had never met, knew much more about me than he should. What truly shook me was the feeling that he was urgently concerned with my soul, as though he had a personal stake in it. He spoke to me for ten minutes while the babushkas impatiently began tightening in on us. He continued talking, telling me that my experience in Nepal had been given me by God to pull me out of materialism. Then he told me why Christianity was the true faith: only it had a personal God. I still failed to understand the importance of this fact, but I left feeling lighter, although I had said almost nothing.

In the barren sepulchre of Moscow a new world began to open to me. The oppression of the city weighed little on me, as I realized that the heavenly realm of God and His saints was actually closer than the gray slab buildings dominating the city. I visited the St. Sergius Lavra and for the first time was able to venerate the relics of a saint. In those “dead bones” there seemed to be more life than in all of southern California. My stay culminated with Nativity at the Valaam Metochion. I felt as though I was surrounded by what appeared to be ordinary people, yet they remained with one foot in heaven. Christianity may be a religion of intangible faith, but I seemed to be receiving tangible verification everywhere I turned.

A few days later I left Moscow. Before my departure, my sister chastised me, saying, “My dear, if you can spend three months sitting with the Buddhists, you can at least spend one standing with the Orthodox.” Which is exactly what I did. Increasing the pace of my return, I arrived in California two months later. On the eve of Annunciation I travelled up the rough dirt road to the St. Herman of Alaska Monastery. The first thing that struck me, having just come up from San Diego, was the fact that these monks were anachronisms in the twentieth century. Who heard of giving up comfort and possessions in these times? It was the middle of Lent and it was clearly visible that these men were in the midst of spiritual warfare. Sobriety permeated the monastery. They seemed ready to die for the truth, and that was not something I had seen at IBM, Art School or in Japan. There was suffering in those places, but were they willing to give everything for the one thing needful? After all I had seen, I still did not have a firm belief in God, but I knew these monks saw something and I wanted it.

Lazarus Saturday arrived. On this day the Church commemorates Christ raising Lazarus from the dead after four days. I was awakened early to attend Liturgy at a nearby convent, followed by a meal there. After I awoke, I immediately fell back asleep. When I finally did rise from my bed, I found the entire monastery empty. Not a soul remained. As I wandered through the monastery, the verse, “Behold the Bridegroom cometh at midnight, and blessed is that servant whom he shall find watching,” ran through my head. And chat was exactly what had occurred both physically and spiritually. God had knocked and offered me a feast, but I had remained reticent. Had God finally closed the door on me? I began the descent down the mountain, hoping to hitch-hike to the convent. As I walked I contemplated the events of the morning, and it seemed obvious that God had allowed me to be left behind to rouse me from my indecision. Then it finally hit me, what was meant by a personal God. Why would an impersonal force send me such a clear message for the salvation of my soul? If it was impersonal, why should it care what happened to me? Love cannot exist except between people. A force cannot love (and I challenge you to try to love an impersonal force). Therefore I came to the conclusion that God had to be a Person. As I arrived at this deduction, I heard a car approaching me from behind: it was our only neighbor on the mountain. I flagged him down and by a strange “coincidence” it happened that he was making his once-a-week trip to the store which neighbored the convent. I arrived in time for Liturgy.

Two years have passed and I am now a ryassophore monk, an anachronism if you will. My struggles have not ceased) but my days of wandering are at an end. I sometimes mourn over my wasted past, but when I look more closely I see God’s hand guiding me through even the most barren of times. Now He has brought me here for a reason, but that must still be revealed.

A Group of Protestants Adopt Orthodoxy on the day of Holy Saturday in Kaliningrad, Russia, 2010

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A Group of Protestants Will Adopt Orthodoxy on the day of Holy Saturday, 2010

2 April 2010, Interfax – A group of former Protestants will be baptized on the eve of Easter in St. Andrew Church of Kaliningrad, Russia.

Young men and women started visiting an Orthodox church several months ago. In the past, they had one problem – drug addiction – and they tried to get rid of it in the Transfiguration of Russia Protestant charitable organization, the Kaliningrad edition of the Komsomolskaya Pravda daily has reported on Thursday.

However, now the former Protestants want to adopt the (Orthodox) Christian faith.

“In the past, people seeked (sic) for cures in sects as there were few Orthodox communities capable to effectively solving the problems of such people. However, time proved that even richest sects have got neither the experience nor authority to help them.”

Ο Άγιος Μόνκαν (St Mochua / Moncan / Cuan) Ιεραπόστολος Ιρλανδίας & ιδρυτής Μονής στο Timahoe της Ιρλανδίας (+6ος αι.) – Ορθόδοξη Ιρλανδία – 1 Ιανουαρίου (Video του Timahoe)

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CELTIC HOLY WELLS

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Το αρχαίο Ορθόδοξο Μοναστήρι

του Αγίου Μόνκαν (St Mochua) στο Timahoe της Ιρλανδίας

& ο Κυλινδρικός του Ιερός Πύργος

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6ος αιώνας

Όταν ολόκληρη η Ιρλανδία ήταν Ορθόδοξη

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Mochua

Ο Άγιος Μόνκαν (St Mochua / Moncan / Cuan)

Ιεραπόστολος της Ιρλανδίας

& ιδρυτής Μονής στο Timahoe της Ιρλανδίας (+6ος αἰ.)

1 Ιανουαρίου

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Το Ιερό Πηγάδι του Αγίου Μόνκαν (St Mochua)

στο Derrynoose της Ιρλανδίας

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Saint Mochua of Timahoe, Ireland & his Holy Well (6th century) – Video of Timahoe

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The ancient Monastery of Saint Mochua

in Timahoe, Ireland

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6th century

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Saint Mochua (Moncan/Cuan) 

of Timahoe, Ireland (+6ος αἰ.)

January 1

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St Mochua’s Well

in Derrynoose, Ireland

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聖 以赛亚 St Isaiah the Anchorite 靜修之道 第25章 奧秘心禱 Ascetics-Jesus Prayer ╰⊰¸¸.•¨* Chinese

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聖 以赛亚

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靜修之道 第25章 奧秘心禱 Ascetics-Jesus Prayer

心禱能使內在安定,在苦痛中得安息,

心禱使我們能愛、能感恩並謙卑。

聖潔的修院院長Abbot Isaiah 以赛亚,也是埃及的隱士,他認為心禱是一面心靈的鏡子和良心的明燈。有人也將其比喻為屋內不停發出的、輕微的人聲:潛入的竊賊一聽到屋內有人醒著,便趕忙飛竄逃走。這個屋子就是我們的心,而竊賊是那邪惡意念。禱告是看守人的聲音。但看守的人不再是我,而是基督。

靈性活動使基督在我們的靈魂中具現化。這需要不停地記得主:將主藏在你的裡面、你的靈裡、你的心中,和你的意識中。「我身睡臥,我心卻醒」(雅歌5:2):我自己睡了、撤退了,但是心仍堅守在禱告中,也就是在永生中、在天國裡、在基督中。我生命的樹根,穩穩地扎牢在源頭裡。

而實現的方法就是這句禱詞:「主耶穌基督,神的兒子,憐憫我,罪人」。出聲重複這句禱告,也可以不出聲在心裏面慢慢地、持續地禱告,但要保持專注,並且讓心儘可能地從所有不適當的事物中解脫出來。所謂不適當的事物,不只包括對世俗的愛好關注,也包括種種的期望或是想要祈求解答,或是幻想各種內在異象、試煉、所有各種浪漫的夢想、好奇的問題、各種想像等,都是不適當的。單純(simplicity)才是不可或缺的條件,而謙卑、身心節制一樣也是必要的,基本上關乎這場無形戰爭的一切條件都是必要的。

初信者應多加提防任何最細微的神祕主義傾向。心禱是一種活動,是實際的事工,是一種方法,能使你自己領受並使用神恩典的力量—恆常存在,然而隱藏在已受洗的人裡面—好能夠結出果子。祈禱使這力量在我們的靈魂裡結出果實,除此別無他求。它是一把堅硬的,能擊破外殼的槌子。放棄所有享樂、狂喜、天堂聲音的思想:這是唯一通往神國度的道路,就是十架的道路。釘死在十架是一種可怕的酷刑。但除此以外,我們別無他想。

在嚴格的自我紀律下,用一種簡單、一致的生活方式,將自己「肉體」的生命牢牢釘在十架上。而「思緒」的生命,以及幻想,也應同樣被嚴格控制。藉著禱詞和經文,藉著研讀詩篇和聖教父們的作品,以及其中所命令的,將「思緒」的生命釘牢在十架上。別讓你的幻想恣意飛舞。人稱「思緒紛飛」通常只是在幻想世界中漫無目的地舞動翅膀。當你的思緒不是專注於工作,就立刻再次轉向禱告。

務必要使思緒和想像,如同訓練有素的狗一般地服從自己。別讓小狗到處亂跑、亂吠、翻垃圾桶,又跑到臭水溝玩水。同樣的,你也應該總是要能夠把你自己的思緒和幻想喚回,你必須無數次地、時時刻刻都這樣做。若非如此,恐怕就像St. Anthony所說,你就會像匹馬,不斷地在更換不同的騎士,直到疲乏倒下為止。

若太用力敲打核果外殼,你可能會把裡面的核仁也打碎,所以小心地敲。不要突然就跳到心禱。開始的時候要有所節制,甚至之後也可用其他的禱詞練習。不要太焦慮,不要認為你已能夠專注於禱詞中的每個字詞「主」、「憐憫」。你的禱告必定會分心走意、散亂無序: 確實如此,因為你只是人類。「只有使者在天上,常見我天父的面」(馬太福音18:10),而你只是有著生理慾望的屬世軀體。假如一開始你有長達幾小時完全忘了禱告,也許忘了整天或更久,別驚訝地向天尖叫。視之為自然,簡單看待:你是位缺少經驗的水手,被其他事情如此焦慮地困擾著,以致於忘了要持續著觀看著風象。所以別對自己有所期待,也別對別人有所要求。

專注是一回事,分心是另一回事。禱告使你的思維活絡而清楚:這就是對的方向。禱告者看見周圍萬事,注意並觀察著萬物,透過禱告才能如此正確行事;禱告以清晰穿透的光芒,照亮萬事。

聖靈在我們裡面的聖潔之地運行,只要我們持續擴展心中獨立於世俗的聖潔之地,屬靈的人性就會不斷成長。

禱告能使內在安定,並在苦痛中得到平靜安息,使我們能愛、能感恩並且謙卑。相反地,如果你緊張焦慮、情緒高昂或深陷沮喪,因而混亂不安;如果你感到痛悔、痛苦或是一種誇大的行動意願,或者你陷入狂喜中或醉酒感官中;如果這些事讓你好像聽音樂一樣地享受,讓你感到極度的開心或滿足,因而對自己和對整個世界都感到滿意—你就走錯路了。你在自己身上建造太多東西,吹哨收兵吧,每個真實的禱告總是從自我責備開始。

光明的天使總是帶來平安,這平安是黑暗的魔鬼不計一切代價要摧毀的。藉此,眾教父說,一個人能夠分辨出魔鬼的力量和真正的良善。

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資源:

http://theological.asia這裡

台灣基督東正教會 Orthodox Taiwan

The Thorny Path To God – An interview with Elena Skorokhodova — actress, film director, and playwright

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Elena Skorokhova, Russia

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The Thorny Path To God

An interview with Elena Skorokhodova —

actress, film director, and playwright

Source:

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JOURNEY TO ORTHODOXY

An accomplished actress on stage (sixteen years in the Pushkin Theatre, Moscow) and screen, Elena Skorokhodova is also a director, writer, and author of plays, including the prizewinning, Don’t Throw Ashes on the Floor. Her creative talent has led her to an acute perception of the unfolding drama of individuals along her life’s path, and the fate of her country.

–Elena, tell us about how you came to faith in God?

–I would have to tell you my entire life story in order for it to make sense. I was born in an atheistic soviet family. By the way, that atheism was superficial. We believed in goodness and justice, as something that goes without saying. No one ever looked deeper into the source of this belief in our souls.

A true atheist is a terrible being, deprived of morality, and obsessed with no more than his Continue reading “The Thorny Path To God – An interview with Elena Skorokhodova — actress, film director, and playwright”

Η εύρεση του Θησαυρού – Όταν οι Αυτόχθονες Αμερικανοί συναντούν την Ορθοδοξία

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Η εύρεση του Θησαυρού

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Όταν οι Αυτόχθονες Αμερικανοί συναντούν την Ορθοδοξία

Πηγή:

https://www.facebook.com/Native-American-Orthodox-Christian-Fellowship-NAOCF-160917590660985/

FACEBOOK: NATIVE AMERICAN ORTHODOX CHRISTIAN FELLOWSHIP (NAOCF)

Η Ορθόδοξη Αδελφότητα Αυτοχθόνων Αμερικανών του Kenai της Αλάσκας

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Ποταμός Kenai, Αλάσκα

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Kenai, Αλάσκα

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H Ορθόδοξη Αδελφότητα των Αυτόχθονων Αμερικανών (Native American Orthodox Christian Fellowship – NAOCF) στο Kenai της Αλάσκας, ιδρύθηκε από την επιθυμία να εορτάστεί η εμπειρία των Αυτόχθονων Αμερικανών με την Ορθοδοξία, η οποία πήγε στην Αλάσκα τον 18ο αιώνα.

Η Αυτόχθονες Αμερικανοί αγάπησαν πολύ την Ορθοδοξία και πολλοί βαπτίστηκαν Ορθόδοξοι.

Αξίζει να αναφέρουμε ένα περιστατικό το οποίο δείχνει την αγάπη των Αυτόχθονων Αμερικανών της Αλάσκας προς την Ορθοδοξία το οποίο μας το διηγείται ο Αρχιεπίσκοπος Αλβανίας Αναστάσιος:

Τον 21ο αιώνα πήγε ένα πλοίο Προτεσταντών σε ένα νησί των Αλεούτιων Νήσων της Αλάσκας. Οι Ορθόδοξοι Αλασκινοί κάτοικοι τους ρώτησαν, “τι θέλετε;” και οι Προτεστάντες απάντησαν ήρθαμε να σας κηρύξουμε το Χριστό.

Οι Αλασκινοί μένοντας πιστοί στην Ορθόδοξη πίστη τουςαπάντησαν: “Ο Χριστός ήρθε στην Αλάσκα πριν 300 χρόνια!”.

Και έτσι οι Προτεστάντες έφυγαν.

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Χάρτης

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Video: Star Of The County Down – Orthodox Celts Rock Band

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Star Of The County Down

Orthodox Celts Band

Święty Jakub Niecwietow (+1865) – Oświeciciela Ludów Alaski ╰⊰¸¸.•¨* Polish

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Święty Jakub Niecwietow (+1865)

Oświeciciela Ludów Alaski

26 lipca

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Jakub Niecwietow (ur. 1802 na wyspie Atka, zm. 26 czerwca 1864 w Sitce) – rosyjski kapłan prawosławny. Prowadził działalność misyjną wśród autochtonicznych mieszkańców Alaski. Święty prawosławny.

Jakub (Jakow) Igoriewicz Niecwietow urodził się w rodzinie Rosjanina z Tobolska, pracownika Towarzystwa Rosyjsko-Amerykańskiego, i Marii Aleksiejewej, rdzennej Amerykanki z Atki. Ukończył studia teologiczne w Irkucku, po czym wrócił do Ameryki i ożenił się z Rosjanką o imieniu Anna Simieonowna. Rok później przyjął święcenia diakońskie, a następnie kapłańskie i został skierowany do pracy w parafii św. Mikołaja w Atce. Był pierwszym kapłanem prawosławnym, który urodził się na kontynencie amerykańskim.

Jako proboszcz ks. Niecwietow kontynuował na obszarze Wysp Andrejanowa działalność misyjną zainicjowaną przez Rosyjski Kościół Prawosławny. Założył również szkołę parafialną, w której wykładał język rosyjski. Przetłumaczył tekst Biblii na język aleucki, zaś razem z innym późniejszym świętym Innocentym z Alaski opracował alfabet dla tego języka. Po piętnastu latach pracy duszpasterskiej na Atce otrzymał godność protojereja i został odznaczony Orderem Świętej Anny.

W 1836 zmarła jego żona. Pragnął wówczas udać się do Irkucka i wstąpić do monasteru, jednak nie otrzymał zgody biskupa na wyjazd, jeśli nie znajdzie następcy na swoje stanowisko proboszcza. W związku z tym ks. Niecwietow. Pozostał w związku z tym na Alasce i w 1844 został wyznaczony do podjęcia pracy misyjnej w delcie Jukonu i Kuskokwin. W związku z trudnymi warunkami w nowym miejscu zamieszkania kapłan szybko podupadł na zdrowiu. Mimo tego w dalszym ciągu uczył się miejscowych języków i dialektów i założył centrum misyjne w wiosce plemienia jupik (dzisiejsza miejscowość Russian Mission). Kilkakrotnie prosił biskupa o przysłanie do centrum dodatkowych misjonarzy, jednak mnisi, jacy przybywali na jego prośbę, okazali się niezdatni do pracy misyjnej (jeden z nich okazał się być chory psychicznie, inny zaś zaatakował ks. Niecwietowa siekierą).

W ciągu swojej pracy misyjnej ochrzcił ok. 1320 autochtonów.

W 1862, ze względu na słaby stan zdrowia, został przeniesiony jako proboszcz parafii przy soborze w Sitce, po czym pracował w kaplicy Trójcy Świętej w tym samym mieście, gdzie odprawiane były nabożeństwa w języku tlingit. W ostatnich latach życia był niemal całkowicie niewidomy. Zmarł w 1864 w Sitce.

Został kanonizowany przez Synod Biskupów Kościoła Prawosławnego w Ameryce w soborze św. Innocentego z Alaski w Anchorage 15 października 1994. Ze względu na prowadzoną pracę misyjną otrzymał tytuł Oświeciciela Ludów Alaski.

Źródło: Wikipedia

Atka, Alaska

Saint Jacob Netsvetov of Alaska (+1865) – The evangelizer of the Yup’ik Eskimo & Athabascan peoples of Alaska

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ALASKA OF MY HEART

NATIVE AMERICANS MET ORTHODOXY

USA OF MY HEART

View of Russian Orthodox Church & Community of Atka AK SW Summer

 

Orthodox Church of St Nickolas in Atka Island, Alaska

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Atka Island, Alaska

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Saint Jacob Netsvetov of Alaska (+1865)

The evangelizer of the Yup’ik Eskimo & Athabascan peoples of Alaska

July 26

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AMERICA OF MY HEART

Saint Jacob Netsvetov, Enlightener of Alaska, was a native of the Aleutian Islands who became a priest of the Orthodox Church and continued the missionary work of St. Innocent among his and other Alaskan people. His feast day is celebrated on the day of his repose, July 26.

Father Jacob was born in 1802 on Atka Island, part of the Aleutian Island chain in Alaska. His father, Yegor Vasil’evich Netsvetov, was Russian from Tobolsk, Russia, and his mother, Maria Alekscevna, was an Aleut from Atka Island. Jacob was the eldest of four children who survived infancy. The others were Osip (Joseph), Elena, and Antony. Although not well off, Yegor and Maria did all they could to provide for their children and prepare them to live their lives. Osip and Antony were able to study at the St. Petersburg Naval Academy and then were able to become a naval officer and ship builder, respectively. Elena married a respected clerk with the Russian-American Company. Jacob chose a life with the Church and enrolled in the Irkutsk Theological Seminary.

On October 1, 1825, Jacob was tonsured a sub-deacon. He married Anna Simeonovna, a Russian woman perhaps of a Creole background as was he, and then in 1826 he graduated from the seminary with certificates in history and theology. With graduation he was ordained a deacon on October 31, 1826 and assigned to the Holy Trinity-St. Peter Church in Irkutsk. Two years later, Archbishop Michael ordained Jacob to the holy priesthood on March 4, 1828. Archbishop Michael had earlier ordained John Veniaminov (St. Innocent) to the priesthood. With his elevation to the priesthood, Father Jacob began to yearn to return to his native Alaska to preach the Word of God.

Upon departing, Archbishop Michael gave Father Jacob two antimensia, one for use in the new church that Father Jacob planned to build on Atka, and the other for use in Father Jacob’s missionary travels. After a molieben, Father Jacob and his party set off for Alaska on May 1, 1828. The travelers included Father Jacob, Anna his wife, and his father Yegor who had been tonsured reader for the new Atka Church. This journey, which was always hard, took over year to complete, which was completed on June 15, 1829.

Father Jacob’s new parish was a challenge. The Atka “parish” covered most of the islands and land surrounding the Bering Sea: Amchitka, Attu, Copper, Bering, and Kurile Islands. But, he was to meet the challenge as clothed in his priestly garments, he actively pursued his sacred ministry. To his parishioners, his love for God and them was evident in everything he did as he made his appearances while enduring the harsh weather, illness, hunger, and exhaustion. For him life was Christ. Being bi-lingual and bi-cultural, Father Jacob was uniquely able to care for the souls of his community.

Since St. Nicholas Church was not yet available, Father Jacob built a large tent in which to hold his services, and after the church was completed he took the tent with him on his missionary travels. By the end of 1829, six months after arriving at Akta Father Jacob had recorded 16 baptisms, 442 chrismations, 53 marriages, and eight funerals.

With the completion of the church on Atka, Father Jacob turned to education of the children, teaching them to read and write both Russian and Unangan Aleut. Initially the Russian-American Company helped support the school, but in 1841 the school was re-organized as a parish school. Many of his students would prove to be distinguished Aleut leaders. While living in the north areas was difficult, Father Jacob was active in the intellectual life as well; in addition to his own subsistence needs, he was active in collecting and preparing fish and marine animal specimens for the museums in Moscow and St. Petersburg. He corresponded with St Innocent on linguistics and translation matters. He worked on an adequate Unangan-Aleut alphabet and translations of the Holy Scriptures and other church publications. In addition to praises from St. Innocent he began to receive awards for his services. In time he was elevated to Archpriest and received the Order of St. Anna.

Father Jacob’s life was not without its personal sufferings. 1836 and 1837 were to bring successively the death of his beloved wife Anna in March 1836, the destruction by fire of his home in July 1836, and the death of his father, Yegor, in 1837. After considering the message of these misfortunes, he petitioned his bishop to return to Irkutsk so that he could enter a monastic life. A year later he request was granted contingent on the arrival of his replacement. But none came. Soon Bishop Innocent arrived and invited Father Jacob to accompany him on a trip to Kamchatka. During the voyage Bishop Innocent seemed to have accomplished three things with Father Jacob: with the healing salve of the Holy Spirit provided words of comfort, dissuaded Father Jacob from entering a monastery, and revealed to the saintly priest the Savior’s true plan for his life that was for him to preach Christ to those deep in the Alaskan interior.

On December 30, 1844, St. Innocent appointed him head of the new Kvikhpak Mission to bring the light of Christ to the people along the Yukon River. With two young Creole assistants, Innokentii Shayashnikov and Konstantin Lukin, and his nephew Vasili Netsvetov, Father Jacob established his headquarters in the Yup’ik Eskimo village of Ikogmiute. From there, now known as Russian Mission, he traveled to the settlements for hundreds of miles along the Yukon and Kuskokwim Rivers, visiting the inhabitants of settlements along the way. For the next twenty years he learned new languages, met new people and cultures, invented another alphabet, and built more churches and communities. At the invitation of the native leaders he traveled as far as the Innoko River baptizing hundreds from many, and often formerly hostile, tribes. He continued even as his health deteriorated.

Yet the devil’s presence came to stir up spurious and slanderous charges against him in 1863. To clear the air his Bishop Peter called him to Sitka where he was cleared of all the charges. As his health worsened he remained in Sitka serving at the Tlingit chapel until his death on July 26, 1864. He was 60 years old.

During his last missionary travels in the Kuskokwim/Yukon delta region he is remembered for baptizing 1,320 people and for distinguishing himself as the evangelizer of the Yup’ik Eskimo and Athabascan peoples.

Hymns

Troparion (Tone 4)

O righteous Father Jacob,
Adornment of Atka and the Yukon Delta;
You offered yourself as a living sacrifice
To bring light to a searching people.
Offspring of Russian America,
Flower of brotherly unity,
Healer of sickness and terror of demons:
O Holy Father Jacob,
Pray to Christ God that our souls may be saved.
Kontakion (Tone 3)

O Holy Father Jacob,
Teacher of the knowledge of God,
You revealed your love for your people,
Taking up your cross and following Christ,
Enduring hardships like the Apostle Paul.
Pray on our behalf to Christ our God
To grant us great mercy.

Source: Wikipedia

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St Nickolas Orthodox Church in Atka Island, Alaska

Atka Island, Alaska, USA

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The volcano of Korovin, Atka Island, Alaska

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St Jacob of Alaska

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Ο Άγιος Ιάκωβος της Αλάσκας 

& ο Άγιος Νεομάρτυρας Πέτρος ο Αλεούτιος

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Άγιος Ιάκωβος Νετσβέτωφ της Αλάσκας (+1865) – Ένας Αυτόχθονας Αμερικανός ιερέας που αγίασε (+1865) – Ο ιεραπόστολος των Εσκιμώων Γιούπικ – 26 Ιουλίου

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ORTHODOX WEB

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Άγιος Ιάκωβος Νετσβέτωφ της Αλάσκας

Ένας Αυτόχθονας Αμερικανός ιερέας που αγίασε (+1865)

Ο ιεραπόστολος των Εσκιμώων Γιούπικ

26 Ιουλίου

Ό Άγιος Ιάκωβος Νετσβέτωφ της Αλάσκας γεννήθηκε από πατέρα Ρώσο και Άλεούτια μητέρα στή νήσο Atka της Αλάσκας τό 1802. Ολοκλήρωσε τις σπουδές του στήν ιερατική σχολή του Ιρκούτσκ στή Σιβηρία. Μετά τή χειροτονία του σε πρεσβύτερο, επέστρεψε στήν Αλάσκα, οπού επί τριάντα πέντε χρόνια άσκησε τά ποιμαντικά του καθήκοντα μεταξύ των αυτοχθόνων, υπό συνθήκες διαβιώσεως ιδιαιτέρως επισφαλείς, συνεχίζοντας ετσι τό έργο του άγιου Γερμανού [13 Δεκ.]. Μόλις τό επέτρεπε ο καιρός, επιβιβαζόταν σε εύθραυστα καγιάκ η φόρτωνε τις ισχνές του άποσκευές σε κυνήλατα ελκυθρα και συνοδευόμενος από μερικούς κατώτερους κληρικούς, ξεκινούσε τις ιεραποστολικές του περιοδείες γιά νά φωτίσει τούς διάσπαρτους αυτόχθονες πληθυσμούς των Άλεούτιων Νήσων. Διέδωσε επίσης τό φώς του Ευαγγελίου στή φυλή των Έσκιμώων Γιούπικ, oι όποιοι κατοικούσαν στήν κάτω κοιλάδα του ποταμού Γιούκον (μεταξύ 1845 και 1863). Υπήρξε ό δεύτερος Όρθόδοξος ιερέας πού τόλμησε να εισδύσει στις περιοχές αύτές, μετά τον Άγιο ίερομάρτυρα Ίουβενάλιο. Κι ενώ γενικά συναντούσε καλή υποδοχή και γρήγορα προσηλύτιζε τούς αυτόχθονες στήν αληθινή πίστη, πολλές φορές άντιμετώπιζε την έντονη άντίθεση των σαμάνων μάγων. Δεν ηρκείτο μόνο στο νά βαπτίζει τούς ιθαγενείς, αλλά φρόντιζε γιά την πνευματική ζωή του ποιμνίου του, διδάσκοντάς του τις στοιχειώδεις αρχές τής χριστιανικής ηθικής, πώς πρέπει κάνεις νά προετοιμάζεται για νά αξιωθεί νά κοινωνήσει των άχράντων Μυστηρίων, με την εξομολόγηση, τή νηστεία και την προσευχή. Μετέφερε μαζί του μία σκηνή που χρησιμοποιούσε πρόχειρα ώς ναό, όταν το ψύχος δεν έμπόδιζε τον εκκλησιασμό παγώνοντας τα Τίμια Δώρα. Όταν δεν βρισκόταν σε ιεραποστολικές περιοδείες, μετέφραζε την Καινή Διαθήκη στή γλώσσα των ιθαγενών ίδρυσε, μάλιστα, και ένα σχολείο. Προς τά τέλη του βίου του, έχοντας ταλαιπωρήσει την υγεία του σ’ αυτές τις περιοδείες, συκοφαντήθηκε από κάποιον άλλο ιεραπόστολο στον επίσκοπο Πέτρο, ό οποίος είχε διαδεχθεί τον άγιο Ίννοκέντιο [31 Μάρτίου]. Εκλήθη να παρουσιασθεί στή Σίτκα, έδρα της επισκοπής της Aλάσκας· απολογήθηκε και χωρίς δυσκολία κατόρθωσε να αθωωθεί. Μετά από πολλές περιπέτειες, παρέδωσε την αγία ψυχή του στη Σίτκα στις 26 Ιουλίου του 1865 και κατατάχθηκε επίσημα στους Αγίους της Ορθοδοξίας το 1994.

Πηγή:

Νέος Συναξαριστής της Ορθοδόξου Εκκλησίας

Εκδ. Ίνδικτος

 

Η μεταστροφή ενός αθέου – Από την αθεΐα στην Θεία Εξομολόγηση

 

http://athensofmyheart.wordpress.com

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ATHEISTS MET ORTHODOXY

ATHENS OF MY HEART

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Μας αναφέρει ο καλός Πνευματικός Πατέρας του Πειραιά, π. Στέφανος Αναγνωστόπουλος:

Πρίν από χρόνια, όταν ήμουν εφημέριος στον ιερό Ναό του Αγίου Βασιλείου Πειραιώς, μ’ έκάλεσαν νά εξομολογήσω εκτάκτως, κατόπιν δικής του επιθυμίας, ένα νέο άνδρα, 42 ετών, του οποίου τό όνομα, ήταν Ξενοφών.

Όταν πήγα, ήταν σέ κακή κατάστασι. Ό καρκίνος μέ τίς ραγδαίες μεταστάσεις τόν είχε προσβάλλει καί στό κεφάλι. Οι μέρες του μετρημένες. Ήταν μόνος στον θάλαμο, τό διπλανό κρεββάτι ήταν άδειο, κι έτσι βρεθήκαμε μόνοι μας. Καί μου είπε τά έξης, γιά τό πως πίστεψε, αφού υπήρξε, όπως τό τόνισε, “σκληρός άθεος” καί άπιστος.

-Ήλθα έδώ πρίν άπό 35 περίπου μέρες, σε αυτό τό δωμάτιο των δύο κλινών. Δίπλα μου ήταν ήδη κάποιος άλλος άρρωστος, μεγάλος στην ηλικία, 80 περίπου ετών. Αυτός ό άρρωστος, πάτερ μου, παρά τους φοβερούς πόνους πού είχε στά κόκκαλα -εκεί τόν είχε προσβάλει ό καρκίνος- συνεχώς αναφωνούσε “Δόξα Σοι, ό Θεός! Δόξα Σοι, ό Θεός!…”. Στή συνέχεια έλεγε καί πολλές άλλες προσευχές, πού εγώ ο ανεκκλησίαστος καί άθεος τίς άκουγα γιά πρώτη φορά. Κι όμως, πολλές φορές μετά από τίς προσευχές του ηρεμούσε -κι εγώ δέν ξέρω μέ ποιόν τρόπο- καί τόν έπαιρνε γλυκύτατος ύπνος. “Υστερα από δυό-τρεις ώρες ξυπνούσε από τους αφόρητους πόνους, γιά νά ξαναρχίση καί πάλιν “το Χριστέ μου, Σ’ ευχαριστώ! Δόξα στό όνομά Σου!… Δόξα Σοι, ο Θεός!… Δόξα Σοι, ό Θεός…”.

Εγώ μούγκριζα άπό τους πόνους, κι αυτός ο συνασθενής μου, μέ τους αφόρητους πόνους, δοξολογούσε τόν Θεό. Εγώ βλαστημούσα τον Χριστό καί την Παναγία, κι αυτός μακάριζε τόν Θεό, Τόν ευχαριστούσε γιά τόν καρκίνο πού του έδωσε καί τους πόνους πού είχε. Τότε εγώ αγανακτούσα όχι μόνο από τους πόνους τους φρικτούς πού είχα, άλλα καί γιατί έβλεπα αυτόν, τόν συνασθενή μου, νά δοξολογή συνεχώς τόν Θεό. Αυτός έπαιρνε σχεδόν κάθε μέρα “τήν Θεία Μεταλαβιά” κι έγώ ό άθλιος ξερνούσα άπό αηδία.

-Σκάσε, επί τέλους, σκάσε επί τέλους νά λές συνεχώς “Δόξα Σοι, ο Θεός!”. Δέν βλέπεις πώς Αυτός ο Θεός, πού εσύ Τον δοξολογείς, Αυτός μας βασανίζει τόσο σκληρά; Θεός είναι αυτός; Δέν υπάρχει. Οχι! δέν υπάρχει…

Καί αυτός μέ γλυκύτητα απαντούσε:

-Υπάρχει, παιδί μου, υπάρχει καί είναι στοργικός Πατέρας, διότι με την αρρώστια καί τους πόνους μας καθαρίζει από τίς πολλές μας αμαρτίες. Οπως αν ασχολιόσουν μέ καμμιά σκληρή δουλειά, όπου τά ρούχα σου και το σώμα σου θά βρωμούσαν κυριολεκτικώς, θά χρειαζόσουν μία σκληρή βούρτσα γιά νά καθαριστής καλά, κι εσύ καί τό σώμα σου καί τά ρούχα σου, κατά τόν ίδιο τρόπο καί ο Θεός χρησιμοποιεί τήν αρρώστια σάν ευεργετικό καθαρισμό της ψυχής, γιά νά τήν προετοιμάση γιά τή Βασιλεία των ουρανών.

Οι απαντήσεις του μ’ εκνεύριζαν ακόμη περισσότερο καί βλαστημούσα θεούς καί δαίμονες. Δυστυχώς οι αντιδράσεις μου ήσαν αρνητικές, μέ τό νά φωνάζω:

-Δέν υπάρχει Θεός. Δέν πιστεύω σέ τίποτα… Ούτε στον Θεό ούτε σε αυτά τά «κολοκύθια» πού μου λές περί Βασιλείας του Θεού σου… Θυμάμαι τίς τελευταίες του λέξεις:

-Περίμενε καί θά δής μέ τά μάτια σου πώς χωρίζεται η ψυχή απ’ τό σώμα ενός χριστιανού πού πιστεύει. Είμαι αμαρτωλός, αλλά τό έλεός Του θά μέ σώση. Περίμενε, θά δής καί θά πιστέψεις!

Καί ή μέρα αυτή έφθασε. Από τό νοσοκομείο θέλησαν νά βάλουν ένα παραβάν, όπως ήταν καθήκον τους, αλλά έγώ διαμαρτυρήθηκα. Τους είπα “όχι, γιατί θέλω νά δω πώς αυτός ο γέρος θά πεθάνει!!!”.

Τόν έβλεπα λοιπόν νά δοξολογή συνεχώς τόν Θεό. Πότε έλεγε κάποια “Χαίρε” γιά τήν Παναγία, πού αργότερα έμαθα ότι λέγονται “Χαιρετισμοί”. Κατόπιν σιγοέψαλλε τό “Θεοτόκε Παρθένε”, τό “Άπό των πολλών μου αμαρτιών…”, τό “Άξιον έστι”, κάνοντας συγχρόνως καί πολλές φορές τό σημείο του σταυρού.

Σήκωσε κάποια στιγμή τά χέρια του καί είπε: “Καλώς τόν Άγγελό μου! Σ’ ευχαριστώ, πού ήλθες μέ τόση λαμπρά συνοδεία νά παραλάβεις τήν ψυχή μου. Σ’ ευχαριστώ!… Σ ευχαριστώ!…”.

Ανασηκώθηκε λίγο, ξανασήκωσε τά χέρια του ψηλά, έκαμε τό σημείο του σταυρού, σταύρωσε τά χεράκια του στό στήθος του καί εκοιμήθη!

Ξαφνικά τό δωμάτιο πλημμύρισε άπό φώς, λές καί μπήκαν μέσα δέκα ήλιοι καί περισσότεροι, τόσο πολύ φωτίστηκε τό δωμάτιο! Ναί, εγώ ο άπιστος, ο άθεος, ο υλιστής, ο “ξιπασμένος”, ομολογώ ότι όχι μόνον έλαμψε τό δωμάτιο άλλα καί μιά ωραιότατη μυρωδιά απλώθηκε σ’αύτό, ακόμη καί σέ ολόκληρο τόν διάδρομο, καί μάλιστα όσοι ήσαν ξυπνητοί καί μπορούσαν, έτρεχαν εδώ κι εκεί, γιά νά διαπιστώσουν άπό που ήρχετο η παράξενη αυτή μυρωδιά.

Ετσι, πάτερ μου, πίστεψα, γι’ αυτό καί φώναξα γιά Εξομολόγο ύστερα άπό τρεις ημέρες. Τήν άλλη μέρα όμως, τά βαλα μέ τους δικούς μου, την μάνα μου καί τον πατέρα μου, ύστερα με τά δύο μεγαλύτερα αδέλφια μου, μέ τη γυναίκα μου, μέ τους συγγενείς καί τους φίλους, καί τους φώναζα καί τους έλεγα:

-Γιατί δέν μου μιλήσατε ποτέ γιά τόν Θεό, τήν Παναγία καί τους Αγίους; Γιατί δέν μέ οδηγήσατε ποτέ στην ‘Εκκλησία; Γιατί δέν μου είπατε ότι υπάρχει Θεός καί υπάρχει καί θάνατος καί κάποτε αυτη ή ψυχή θά χωρισθή από τό σώμα γιά νά δώση τόν λόγο της; Γιατί μέ σπρώξατε μέ τήν συμπεριφορά σας στην αθεΐα καί στον μαρξισμό; Εσείς μέ μάθατε νά βλαστημώ, νά κλέβω, νά απατώ, νά θυμώνω, νά πεισμώνω, νά λέω χιλιάδες ψέματα, νά αδικώ, νά πορνεύω…

Εσείς μέ μάθατε νά είμαι πονηρός, καχύποπτος, ζηλιάρης, λαίμαργος, φιλάργυρος καί κακός. Γιατί δέν μου διδάξατε τήν αρετή; Γιατί δέν μου διδάξατε τήν αγάπη; Γιατί δέν μου μιλήσατε ποτέ γιά τόν Χριστό; Γιατί;… Άπό αυτή τή στιγμή μέχρι πού νά πεθάνω, θά μου μιλάτε μόνο γιά τον Θεό, τόν Χριστό, τήν Παναγία, τους Αγγέλους, τους Αγίους. Γιά τίποτε άλλο.

Ηρχοντο οι δικοί μου, οι συγγενείς, φίλοι, γνωστοί, καί τους ρωτούσα τόν καθένα χωριστά ή όλους μαζί:

-Εχετε νά μου πείτε κάτι σημαντικό γιά τόν Θεό; διότι Αυτόν θά συναντήσω! Λέγετε… Εάν δέν ξέρετε, νά μάθετε. Οί μέρες περνάνε κι εγώ θά φύγω.

Καί σ᾽ ένα-δυό επισκέπτες:

“Άν δέν ξέρης ή αν δέν πιστεύης, νά φύγεις!…”

“Τώρα πιστεύω μέ όλη μου τήν καρδιά, καί θέλω νά εξομολογηθώ όλες τίς αμαρτίες μου από μικρό παιδί…”.

Ήταν σταθερός καί αμείλικτος μέ τό παλαιό εαυτό του ο Ξενοφών. Καί το έλεος του Θεού ήταν μεγάλο, πολύ μεγάλο! Εξομολογήθηκε μέ ειλικρίνεια, κοινώνησε δυό-τρεις φορές καί υστέρα από πάλη μερικών ημερών μέ τόν καρκίνο, έφυγε εν πλήρη μετάνοια, μέ ζέουσα τήν πίστι, ειρηνικά, οσιακά, δοξολογώντας κι αυτός τόν Θεό.

(π. Στεφάνου Αναγνωστόπουλου, Γνώση & Βίωμα της Ορθοδόξου Πίστεως)

Πηγή:

Αρχιμ. Ιωάννου Κωστώφ

Η Εξομολόγηση

Μετάνοια: Το Αντικλείδι του Παραδείσου

εκδ. Άγιος Ιωάννης ο Δαμασκηνός

Αθήνα 2012

Fasthold din tanke på helvede, og opgiv ikke håbet – Hellige Silouan du Mont Athos i Grækenland fra Rusland (+1938) ╰⊰¸¸.•¨* Danish

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SAINTS OF MY HEART

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Fasthold din tanke på helvede, og opgiv ikke håbet

Hellige Silouan du Mont-Athos i Grækenland fra Rusland (+1938)

Kilde:

https://ortodoks.dk

https://ortodoks.dk/ortodoks-tro-og-praksis/de-hellige/fasthold-din-tanke-pa-helvede-og-opgiv-ikke-haabet

DEN ORTODOKSE KIRKE I DANMARK

 

Ovenstående råd er indgivet Silouan af Kristus som et åndeligt sværd i kampen mod stolthed. Vi kan læse hele Silouans åndelige testamente til eftertiden i Arkemandrit Sophronys bog om Silouan, på engelsk ”Saint Silouan -The Athonite” eller på fransk ”Starets Silouane – Moine du Mont-Athos”.

Ikoner med den hellige Silouan fremstiller ham som Kristus-skuende, med en udrullet skriftrulle, ofte med netop disse ord.

Også Maxim Egger tager udtrykket op i sin bog ”Prier 15 jours avec Silouane” (Bede 15 dage med Silouan). Her er dette ”åndelige sværd” genstand for den syvende dags bøn:

”Herre, Du ser, at jeg vil bede til Dig med en ren ånd, men dæmonerne forhindrer mig deri. Sig mig, hvad jeg skal gøre, for at de fjerner sig fra mig.” Og jeg modtog i min sjæl dette svar fra Herren: ”Dæmonerne får altid de stolte til at lide.”

Jeg sagde: ”Herre, Du er barmhjertig; min sjæl kender Dig; sig mig, hvad jeg skal gøre, for at min sjæl bliver ydmyg.” Og Herren svarede mig i sjælen ”Fasthold din tanke på helvede, og opgiv ikke håbet.”

Staretsen (åndelig vejleder) Silouan gennemlevede angeren som ydmyghedens vej på en særlig brændende måde, idet han fulgte Kristi råd: Fasthold din tanke på helvede og opgiv ikke håbet. Et stærkt og slående udtryk, men også vanskeligt. For at forstå det i hele dets dybde, måtte man selv befinde sig i en åndelig tilstand lig den til hvem, det blev sagt. Man kan altså kun nærme sig det med forsigtighed, ved at give afkald på denne verdens visdom og give plads for Åndens nødvendigvis paradoksale visdom.

Dette udtryk har faktisk givet anledning til talrige fortolkninger. Det bliver ofte i første omgang opfattet psykologisk, som en trøst, en opmuntring til at holde ud i en vanskelig situation, i lidelsen, ulykken, fortvivlelsen. Denne forståelse, lige så givende den kan være, er imidlertid ikke Silouans. For ham er det at fastholde tanken på helvede en fremgangsmåde i den åndelige kamp for at dømme sig selv og dermed gøre det muligtat angre på den rigtige måde, at kæmpe mod stoltheden, sejre over lidenskaberne og dæmonerne.

For at trænge ind i dette udtryks mysterium, eller snarere for at lade det komme ind i hjertet, må vi først skille os af med en vis vision af helvede, dén der ofte findes i Vesten, med hele dens virvar af middelalderlige forestillinger. ”Helvede” her betegner ikke et geografisk sted – hvor Gud ikke ville være – men en åndelig tilstand, ” en forbrænding af bevidstheden” (Origenes 2. årh.). I det foreliggende tilfælde, den tilstand, hvor sjælen er adskilt fra Gud på grund af sine synder eller, mere præcist, den tilstand, hvor sjælen er udsat for Guds kærligheds hvidglødende lys, men selv er for uigennemtrængelig og lukket, alt for optaget af sig selv og sine lidenskaber til at modtage det og svare på det, til ikke at blive forbrændt snarere end levendegjort af det.

Som den hellige Isaac Syreren (7. årh), med hvem vi jo ved, at Silouan føler sig tæt beslægtet, udtrykker det: ”helvedes pinsler er kærlighedens pinsler”. Vi er faktisk alle helt omsluttet af Guds kærlighed, men alt efter vor sjæls tilstand, oplever vi dette møde forskelligt: som paradisets salighed, hvis vi allerede er rensede og oplyste af nåden, som en helvedes lidelse, hvis vi er opfyldte af mørke.

Fasthold din tanke på helvede er altså en opfordring til at stige ned i de mørkeste afgrunde af vort væsen, til at blotlægge vor sjæl og udsætte den for den guddommelige kærligheds stråler; og den ”angerens ild”, som Silouan taler om, er ingen anden end Helligåndens ild. Denne nedstigen er en måde, hvorpå vi kan deltage i Kristi kamp mod Satan i ørkenen og i Hans nedfart til dødsriget – højdepunktet af Hans ”kenosis” (tømning, dvs. Kristus gav afkald, tømte sig selv, og tog tjenerskikkelse på) ). For det er naturligvis udelukkende sammen med Ham, at vi, uden fare, kan besejre dæmonerne og gennemtrænge vort mørke; det er for Hans levendegørende opstandelseslys, at vi skal udsætte vor sjæl.

Denne fremgangsmåde er i begyndelsen en sikker vej til lidelse. For den afslører ubarmhjertigt alt det i os, der endnu tilhører den gamle Adam (dvs. døden) og stadig stiller hindringer for nåden (dvs. livet). En afsløring, der tager til i styrke, for jo mere det guddommelige lys oplyser mørket i hjertet, jo klarere ser vi de urenheder, der tilsmudser Guds billede i os. Jo mere bevidste vi bliver om vor Skaber og Herres kærlighed, jo mere lider vi over at have såret Ham eller over at have afskåret os fra Ham. Men denne lidelse – som er Korsets lidelse – er levendegørende, i modsætning til dødens lidelse, som er dødbringende. Den er ligeledes kilde til ydmyghed: Stillet over for vor egen sjæls elendighed må vi nødvendigvis ophøre med at dømme andre og i stedet dømme os selv. Silouan, som betragter sig selv som en skabet hund, skriver: Man bør anse sig selv for at være værre end alle andre og dømme sig selv til helvede. Jeg er ikke værdig, hverken til Gud eller til Paradis, men til helvedes pinsler. Helligånden lærer os at tænke sådan om os selv.

Denne form for anger, som forener tanken på døden og foregribelsen af Dommedag, bliver hos Silouan en virkelig asketisk praksis, et åndeligt sværd til at rense hjertet og forblive i Gud: Når jeg fastholder min tanke på helvede, er min sjæl i fred. Når jeg, derimod, lader min tanke slippe ud af ilden, styrkes de tanker, der ikke er Gud velbehagelige.

At fastholde tanken på helvede bliver først meningsfuldt med den anden del af udtrykket, som skaber balance: Og opgiv ikke håbet. Underforstået: om din frelse og den guddommelige barmhjertigheds grænseløshed. Sagt på en anden måde: Giv aldrig efter for fortvivlelsen, som er en form for subtil stolthed, en lumsk lidenskab hos jeget, der er fanget af selvtilstrækkelighed, og som ikke har større horisont end sig selv. Den der fortvivler er sin egen morder, sagde Johannes af Stigen (6. årh). Lad os aldrig glemme, at det er synderen – ikke Gud – som skaber sit eget helvede, og at helvedes mørke er blevet besejret af Påskens Lys, at Gud er større end vor egen samvittigheds dom (jf. 1 Joh 3:20).

Hvis enhver sjæl kendte Herren, vidste hvor meget Han elsker os, så ville ingen fortvivle, endsige klage.

Her er vi i hjertet af den kristne erfarings paradokser, hvor man (det gamle menneske) må dø for at genopstå (det nye Menneske), gå gennem helvede for at få adgang til Riget, ydmyge sig selv for blive ophøjet, tømme sig (for sit ego) for at blive fyldt (af Helligånden). Silouan præciserer på denne måde: Jo mere vi ydmyger os, jo større bliver Guds gaver. Hvis sjælen dømmer sig selv til helvede, alt mens den håber på Guds barmhjertighed, så bliver den opfyldt af Guds styrke.

Angeren, endog i sin radikale selvfordømmelse, er altså det stik modsatte af skyldfølelse. Hvor denne er lukkethed, opløsning og selvfordybelse, er hin frigørelse, bevægelse, åbenhed over for næsten og Den helt Anden. Den grundlæggende forskel mellem angeren og skyldfølelsen består i det rum, der gives eller ej til den guddommelige barmhjertighed.Husk to tanker og frygt dem. Den ene siger til dig: ”Du er helgen”, den anden: ”Du bliver ikke frelst.” Disse to tanker kommer fra Fjenden, og de rummer ingen sandhed. Den kristne vej er en tråd, udstrakt mellem bevidstheden om synden og tilliden til Gud, som er barmhjertig og vil, at vi skal frelses. Al åndeligheds kunst går ud på at bevare balancen og spændingen mellem de to poler.

Samtidig kræver Kristi råd til Silouan stor dømmekraft og forsigtighed i udøvelsen. Staretsen var en åndelig kæmpe, men ikke alle har samme styrke – ej heller samme nåde. Vi må altså fastholde tanken på helvede ud fra vor egen åndelige og sjælelige styrke og kende dens grænser for ikke at knuse sjælen. Snarere end at anvende dette udtryk bogstaveligt, bør vi især begribe ånden i det.

Ovenstående tekst er oversat fra Maxim Egger ”Prier 15 jours avec Silouane” p.59-64.

Hl. Silouan.

Efterfølgende note om Siluoans liv og åndelige kamp er et sammendrag af introduktionen p.7-18 i samme værk:

Den hellige Silouan af Athos kommer til verden i 1866 i Chovsk, han får navnet Symeon Ivanovitch Antonov og vokser op i en typisk russisk bondefamilie. Han dør på Athos den 24. september 1938 og kanoniseres af det Økumeniske Patriarkat i 1988. Hans opvækst og ungdom er turbulent, med kun to vintres skolegang og en lærlingetid som tømrer. Hans far, der var ulærd, men mild og viis, påvirker ham åndeligt, og allerede fra fireårsalderen fatter han den plan, efter at have hørt en omrejsende boghandler hævde hårdnakket, at Gud ikke eksisterer, at han vil drage ud i den vide verden og ”lede efter Gud”. Svaret kommer 15 år senere, hvor han berøres dybt ved at høre en kvinde, netop hjemvendt fra en pilgrimsrejse, vidne om miraklerne, hun har oplevet på en helgens grav. Silouan modtager som en inspiration: Hvis han er hellig, betyder det, at Gud er med os. Jeg har ikke brug for at rejse verden rundt for at finde Ham. Ved denne tanke, som er en sand Helligåndens nådegave, opflammes han af kærlighed til Gud. Den får ham til at omvende sig, han opgiver sit vilde ungdomsliv, og nærer for første gang ønsket om at blive munk. Men efter faderens ønske færdiggør han først sin militærtjeneste. Nådetilstanden varer ikke ved, efter tre måneders henrivelse genoptager han sit tidligere vilde liv. Men Gud opgiver ham ikke. Silouan drømmer, at en slange glider ind i hans mund og gennemtrænger hans hjerte. Han vågner, fuld af afsky, og han hører en blid og smuk stemme, som han genkender som Gudsmoders stemme: ”Du har slugt en slange, og det vækker din afsky. Jeg kan heller ikke lide at se, hvad du gør.” Denne gang bliver erfaringen af nåden afgørende for Silouan. Han angrer, men dybere. En udtalt syndsfølelse opstår i ham. Alt ændres: Hans syn på verden, hans daglige liv og hans relationer til andre mennesker. Han udstår sin militærtjeneste, med tankerne fæstnet på munkene på Athos, der beder dag og nat. Han stiller sig selv det spørgsmål: Hvem vil, på Dommedag, give det bedste svar: dem eller os?

Som 26 årig begiver han sig afsted til det Hellige Bjerg Athos for at blive munk i Hl. Pateleimons kloster, der på den tid rummede tæt ved 2000 munke og arbejdere. Efter kort tid forlader følelsen af nåde ham igen, alt bliver tungt og vanskeligt. Han finder ud af, at Athos ikke er den fredens havn, han havde troet. Han opdager, at helvede, som på en vis måde var uden for ham, da han var i verden, i virkeligheden befinder sig i hans eget hjerte. Han genoptager altså kampen, beder utrætteligt og vedvarende, og modtager efter nogle få uger den uophørlige bøns gave foran ikonen af Gudsmoder og har dermed taget et afgørende vigtigt skridt på hellighedens stige. Men risikoen for at falde er kun så meget desto større. Nådegaven og hans medbrødres komplimenter giver ham høje tanker om egen fortræffelighed, han sammenligner sig med de andre og dømmer dem. På ny lukker han sig for nåden og mister den. Dæmonerne træder an med hele korteger af åndelige illusioner, der fører ham mod fortvivlelsens afgrund. Det forekommer ham, at intet nytter, hverken bønner eller streng faste. Angst og kraftesløs udbryder han til sidst: Gud er ubønhørlig, vor bøn er forgæves, Han hører os ikke. Som svar på angsten modtager han, seks måneder efter sin ankomst til det Hellige Bjerg, en dag han beder foran Kristusikonen i Profeten Elias’ kapel, en endnu større nåde: Herren viser sig for ham. Hele hans væsen – krop, sjæl og ånd – opfyldes af nådens ild, og Herren bliver fra da af hans eneste glæde, hans salighed, styrke, visdom og rigdom. Men denne åbenbaring bliver også, og det er det kristne livs paradoks, kilde til hans lidelse og grænseløse længsel efter Gud. For har man erfaret Herrens herlighed, er tabet af nåde og fraværet af Gud den største af alle ulykker. Det lykkes ikke for Silouan at bevare den uhørte nåde, han har modtaget, han falder tilbage i en frygtelig kamp mod lidenskaberne, en indre og ensom kamp, som ingen kan hjælpe ham med, og som han kun kan kæmpe, fordi Herren har vist ham, hvor meget Han elsker menneskene.

En nat omkring 1906, fjorten år efter Silouans ankomst til Athos, mens han er i bøn foran Kristi ikon, stiller der sig en dæmon mellem ham og ikonen, som for at tvinge ham til bøje sig for den. Silouan råber sin fortvivlelse og afmagt til Herren. Da viser Kristus ham vejen ud af stoltheden ved at sige: Fasthold din tanke på helvede og opgiv ikke håbet. Silouan adlyder budet: Jeg begyndte at gøre, som Herren havde anvist mig, min ånd fandt fred og hvile. Og fra det øjeblik kendte jeg på én gang grunden til mine lidelser og den medicin, der skulle til for at helbrede dem. Bevæbnet med dette terapeutiske redskab, som ligeledes er et åndeligt sværd, arbejder han de næste femten år af sit liv tålmodigt på at rense sit hjerte. Han indtræder således lidt efter lidt ”i den hellige lidenskabløsheds (apatheia) høje sfærer”, samtidig med at han påtager sig arbejdet som regnskabschef for en lagerplads tæt ved klostret og ansvarlig for dens 200 arbejdere, som han beder for og lider med. Det er denne medlidenhed med alle jordens folk, der får ham til at skrive, ikke som en viljesakt, men tilskyndet af Helligånden.

Arkemandrit Sophrony (1896 -1993) var Silouans eneste discipel. Han kom til Vesten i 1947, efter at have tilbragt 22 år på Athos. Det er, som nævnt tidligere, takket være ham, at verden har fået kendskab til den hellige Silouans liv og skrifter.

Kilde: Maxime Egger ”Prier 15 jours avec Silouane” (Bede 15 dage med Silouan), Nouvelle Cité 2002

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Den Hellige Silouan du Mont Athos (+1938) – en nutidig helgen Danish

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Den Hellige Silouan du Mont Athos (+1938) – en nutidig helgen

Kilde:

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https://ortodoks.dk/ortodoks-tro-og-praksis/de-hellige/den-hellige-silouan-en-nutidig-helgen

DEN ORTODOKSE KIRKE I DANMARK

 

I vor tid æres starets Silouan, og man beder om hans forbøn i hele verden. I Vesten læses hans værk lige så meget, om ikke mere, af katolikker, protestanter og anglikanere som af ortodokse. Denne universelle side af starets Silouan er ikke blot blevet bekræftet, men på en vis måde også villet og fremmet af patriarkatet i Konstantinopel, som helligkårede ham den 26. november 1987.

Hvordan skal vi forklare den ”ære”, der i Vesten vises denne bonde, som er født i landsbyen Chovsk dybt inde i Rusland i året 1866, og som blev munk på Athos i 1892? Hvorfor opfattes han […] som ”en hellig, der er forbløffende moderne”, ”en mystiker, der tilhører den evige, universelle Kirke”? Hvad er det ved ham, der berører mennesker så dybt og gør ham til én af vor tids store, en vejleder i vor søgen efter Gud, en ledsager i troens opdagelser, en støtte i lidelse og angst, en ven i fortvivlelsen? Og hvorfor er han mødested for fællesskab mellem kristne af forskellige konfessioner?

Uden at svare udtømmende, kan vi fremhæve en række elementer: Hans persons menneskelige nærhed; dybden i hans gudserfaring, som er baseret på ydmyghed og på, at han har rejst igennem det indre helvede; autenticiteten og enkelheden i hans vidnesbyrd; hans kærligheds karakter af at være altomfattende og hans bøn for alle jordens skabninger og folkeslag (også fjenderne); og endelig det kosmiske omfang af hans medfølelse, som omfatter hele skabelsen.

Den menneskelige nærhed
Som barn i en typisk, russisk familie på landet i det 19. århundrede – en from og talrig familie – levede starets Silouan et liv, som var helt normalt for en ung bonde dengang. Efter en yderst rudimentær skolegang (to vintres undervisning) kom han i lære som snedker og gjorde derefter militærtjeneste. Han var en glad og fysisk stærk ung mand med et blidt og fredsommeligt temperament; hvilket imidlertid ikke hindrede ham i at komme i slagsmål af og til; eller i at gå med piger og spille harmonika. Han var en sådan naturkraft, at man siger, han kunne drikke tre liter vodka uden at gå under bordet og sætte en omelet af halvtreds æg til livs en påskedag.

På Athos blev der tilstået ham helt usædvanlige nådegaver, frem for alt dét, at han skuede Kristus. Men han påtog sig også trofast den tunge opgave som forvalter, og han var opmærksom på, hvor forskellige de arbejdere var, som var under hans opsyn. Han kendte til deres lidelser og problemer af enhver art.

Starets Silouan er, kort sagt, tæt på os på grund af sit enkle liv, som var forankret i virkeligheden og i det konkrete. Og han er det så meget mere, som fader Sophronij, hans biograf m.m., fremstiller ham med megen ædruelighed, på en måde og i en stil, som aldrig forfalder til den forkærlighed for det fantastiske og det mirakuløse, man kan finde i byzantinske helgenbiografier.

En dyb erfaring af Gud
Starets Silouan opnåede en usædvanligt dybtgående erfaring af Gud, hvilket mod slutningen af hans liv gav ham en fremtrædende statur. Hvis hans ydre liv var helt og aldeles ordinært, så var hans indre liv det helt modsatte. Det var fra begyndelsen præget af den dynamik, som ifølge ham selv er kernen i åndelig vækst og bevægelse. En grundlæggende dynamik, hvis fremstilling i detaljer har vist sig som en stor hjælp for mange, som søger Gud.

Det drejer sig om en bevægelse i tre tempi, hvorigennem mennesket bevæger sig fra at være et ”individ”, centreret om sig selv, til at være en ”person” i fællesskabet, og som i stigende grad virkeliggør Guds billede i sig ved at tilegne sig Helligånden.

Det første stadium er den omkostningsfrie modtagelse af nåden, som får mennesket til at ”opdage en helt anden bolig inden i sig selv”. Dette giver glæde, målrettethed og åndelig virkelyst. Andet stadium er tabet af nåden. Dette er kendetegnet ved en følelse af at være forladt af Gud, hjertet er tørt og lukket, sjælen er urolig og formørket og et let bytte for lidenskaber, man er kørt fast i hverdagen og fristes til fortvivlelse. Det tredje stadium er generhvervelsen af nåden gennem arbejde på indre forvandling, ved askese og ved afsløring af de lidenskaber, der står i vejen for det guddommelige Lys. Dette finder sted med alle de midler, Den hellige Skrift og Kirkens Tradition tilbyder: gennem anger, stadig omvendelse, bøn og faste og overholdelse af Kristi bud. Og især finder det hos Hl. Silouan sted (dette er kernen i hans lære) ved at tilegne sig ydmyghed; ”asketisk” ydmyghed via vor egen, fortsatte indsats; ”Kristus-lignende” ydmyghed ved Helligåndens gave og vor personlige tilegnelse af denne.

”Dén, der kender Helligånden, og har lært ydmyghed af Ham, han er blevet sin Herre lig, Jesus Kristus, Guds Søn”, skriver Hl. Silouan. Og han fortsætter: ”Hvis blot verden forstod, hvilken kraft, der er i Kristi ord: ’Lær af mig, for jeg er sagtmodig og ydmyg af hjertet’, så ville hele verden og hele universet opgive al anden kundskab for at søge denne ene, guddommelige indsigt.”

Denne åndelige dynamik, som vi genfinder markant i Åndelige Homilier, som tilskrives Hl. Makarios af Ægypten, er netop den virkelighed, Hl. Silouan lever i med en intensitet, som modsvares af de nådegaver, Gud overøser ham med. Hans udvikling er således markeret af en række begivenheder, som er stadier på hans vej: Hans første omvendelse som 19-årig; erfaringen af synden (han ”kender” en pige uden at være gift med hende, og han er tæt på at slå en ung mand fra landsbyen ihjel under et slagsmål) ; afrejsen mod Athos, hvor han modtager den nåde at se Kristus komme til syne i en sand oplysning; årene med indre mørke, hvor han kæmper imod stoltheden og dæmonerne, som angriber ham. Her giver Kristus ham de kendte ord, som gør det muligt for ham at vandre ad ydmyghedens vej, de ord, som er blevet en kilde til oplysning og trøst for utallige mennesker: ”Tænk uophørligt på helvede; og fortvivl ikke!” Bevæbnet med dette ”terapeutiske værktøj”, som også er et åndeligt sværd, klatrer Hl. Silouan gennem en periode på femten år trin for trin op ad himmelstigen, for så de sidste femten år af sit liv at leve i ”høje sfærer af hellig utilgængelighed”.

Et enkelt og autentisk vidnesbyrd
Hl. Silouans indflydelse har at gøre med, at der hos ham er overensstemmelse mellem ord og gerning. Dette vakte opsigt, allerede på Athos. Til folk, som undrede sig over at se, hvordan ”lærde” pilgrimme ilede afsted for at møde Silouan (”for han læser jo ikke bøger”), svarede fader Methodios: ”Han læser intet men gør alt; mens andre læser meget, men intet gør.”Som biskop Kallistos (Ware) har understreget, var han meget langt fra at forsøge på at være ”original” ved at udtænke en ny og særlig teologisk vision; ”han forsøgte slet og ret at være et tro vidne om den levende bønstradition, som formede ham gennem de seks og fyrre år, han opholdt sig på Athos.”

Starets Silouan er således et sandfærdigt vidne, for så vidt som han bringer os i forbindelse med Kristus, ikke ved hjælp af en doktrin eller teologiske systemer og udredninger, men via en direkte erfaring, dybest i hans væsen, ar Gud og ved personligt at gennemleve Kirkens og Traditionens lære. I lighed med de hellige – sådan som han forstod dem, men uden at regne sig selv iblandt dem – taler Silouan kun om dét, han har set og kender til i Helligånden, om dét, han har gjort til virkelighed i sit eget liv og gennemlevet i hele sin væren, i krop, sjæl og ånd.

Bedre endnu: Starets Silouan taler om sin åndelige erfaring og sit forhold til Gud med enkle ord, uden hverken den jargon eller det teologiske filter, der er hos Kirkefædrene, som dog alligevel er nærværende. Ord med en helt evangelisk friskhed, som stammer fra at have hørt Guds Ord i tro, at have ”tygget drøv” på Evangeliet, særlig Johannes’ Evangelium, og fra uophørlig læsning af Salmerne. Med forbavsende frihed erklærer Hl. Silouan: ”Helligånden bevæger sig fra Skriften over i sjælen.” Og han påkalder en inderliggørelse af og en kosmisk fornemmelse for nadverliturgien, når han, hinsides enhver ritualisme, tilføjer: ”I kirkerne fejrer vi liturgi, og Helligånden er til stede. Men sjælen er den bedste Kirke for Gud; for det menneske, der beder i sin sjæl, bliver hele verden til Kirke.”

En kærlighed, som er universel
Mod slutningen af sit liv var Hl. Silouan blevet i den grad ”kristificeret” ved Helligånden, at han i sit hjerte bar dét, som Jesus Kristus sammenfattede og antog i Sin person: Den fuldkommengjorte Adam. Her er det slående at se, hvilken bevidsthed, den ubelæste Silouan, der ikke brød sig om aviser, og som var rejst direkte fra det landlige Rusland til Athos, at se hvilken bevidsthed han havde om menneskers og folkeslags lidelser overalt på jorden. Den vision af Kristus, han modtog under en aftengudstjeneste, var blevet optaget i ham og inderliggjort gennem års asketisk kamp, kenose, og opholden sig under ”dobbelt ild”: fra nåden og fra det indre helvede. Alt dette havde ført ham til kærlighedens fylde og fuldkommenhed.

Stillet over for de fristelser og de forsøg på at flygte fra den virkelige verden, som forekommer i alle religiøse traditioner, er starets Silouans besked klar: Det menneske, som skænkes den nåde at gennemleve en omfattende, mystisk erfaring, må ikke lukke sig inde i sin ekstase. Han kan glemme verden for en tid for bedre at kunne give sig hen til betragtningen af Gud, men han må ikke synke helt hen i den. Han må komme til sig selv, han må tænke på mennesker og på skabelsen: ”Dén, som har erfaret Gud ved Helligånden, han beder og fælder tårer for hele verden”; og ”at bede for menneskene er det samme som at udgyde sit blod.”

Starets Silouan er dykket helt ned i mysteriet, som er livet i Kristus, og han har medfølelse med alt og alle; med mennesker, der ikke kender Gud, og som lider og er berøvet nåden på grund af deres stolthed; og med folkeslag, der stønner under smerte, hungersnød og krige. ”Hans erfaring af Helligånden forbød ham at lukke Kirken om sig selv, for hele verden og alle mennesker er i Kirken”, erklærer Oliviér Clément. ”For Silouan er alle mennesker Guds børn og bærere af Helligånden.”

Hl. Silouan gentager side efter side: Den sjæl, som er gjort levende ved Helligånden, sørger, når den ser næsten lide. Den ønsker for næsten og for hele verden den samme nåde, som den selv har modtaget. Den vil, at alle mennesker skal kende samme salighed, at de skal omvende sig og se Guds herlighed, at de skal opdage Hans barmhjertighed og Hans frelse, så at alt ondt kan blive jaget bort fra denne jord og freden herske. Kærligheden, den sande kærlighed, tåler ikke, at én eneste sjæl går fortabt: ”Vor næste er vort eget liv. Herliggjorte bliver de, som har båret hele verdens lidelser, fordi de var fulde af Kristi kærlighed.” Derfor den brændende bøn, som gengives på ikoner af Hl. Silouan: ”Nådige Herre, hør min bøn; giv, at alle jordens folkeslag må kende Dig ved Helligånden.”

At elske sine fjender
Kærlighed til andre mennesker, også til sine fjender (Matt. 5:44). For, sådan siger starets Silouan, det er let at elske en helgen, men hvad med en stor synder, én, der fornærmer og foragter os, én, der gør os ondt og forfølger Kirken? At være kristen betyder at følge Kristus, som døde på korset for at frelse Sine fjender (Luk. 9: 45-56), som Han tilgav. At elske sine fjender vil sige at have medfølelse med dem, at være klar over, at de lider voldsomt på grund af deres lidenskaber, og derfor at bede for dem.

Ifølge Evangeliet er kærlighed til fjenderne det højeste i livet; og for Hl. Silouan er dette det endelige kriterium for ”den rette tro”, det ubarmhjertige barometer for, hvor rent vort åndelige liv er, og det uomgængelige mål for, hvilken grad af fællesskab, vi har med Gud, og for, i hvilket omfang nåden er til stede i os. Med andre ord: Kærlighed til vore fjender er det vidnesbyrd om Kirkens sandhed, der går forud for og er hinsides alle ritualer, teologiske tankesystemer og mystiske erfaringer. På dette punkt er starets Silouan kategorisk: Dén, der formår at elske sine fjender, kender Herren, Jesus Kristus, i ånd og sandhed. Dén derimod, som ikke formår dette, er fortsat i dødens vold; Guds nåde og kærlighed er ikke i fuldt mål i ham, og han kender endnu ikke Gud, sådan som Han er. Anderledes udtrykt: Et sådant menneske er, med f. Sophronijs ord, endnu ikke fuldkommen ”ortodoks” i dette ords dybeste betydning. Og staretsen tilføjer: ”Den sjæl, der ikke har kærlighed til sine fjender, får aldrig fred. Den piner sig selv og forårsager lidelse for andre.”

Her berører vi det dybe indhold i Kristi andet bud: ”Du skal elske din næste som dig selv”, sådan som starets Silouan forstår og modtager dette. Ordene ”som dig selv” peger ikke så meget på den grad, i hvilken vi skal elske næsten; de peger på menneskehedens ontologiske, væsensmæssige, énhed, som er blevet splittet ved syndefaldet, men genatableret af Kristus. At elske sin næste som sig selv er da at elske ham eller hende som værende ens eget liv. Fader Sophronij skriver om dette i sin læremesters ånd: ”Det vil sige, at hele menneskeheden virkelig lever, som var de ét eneste liv og én eneste natur i en mængde personer. Hvis hver enkelt menneskelig person, som er skabt i Treenighedens billede, når frem til i sin egen eksistens at indlemme og indbefatte den menneskelige væren i sin helhed, på samme måde som hver person i Treenigheden er bærere af hele den guddommelige værens fylde, så vil vi ikke længere kunne betragte alt det onde, som finder sted i verden, som om det var noget uden for os selv. Det vil da blive til vor egen ondskab.

Starets Silouan minder os hele tiden om følgende: Ingen frelses alene! Min frelse angår ikke blot mig selv, den er ikke mit lille, individuelle anliggende. Frelsen er en ontologisk begivenhed, som angår hele menneskeheden, den hele Adam. Og ikke blot dét; frelsen angår også skabningen i dens helhed, den angår alt, hvad Gud har skabt. Silouan følger i Hl. Isak Syrerens fodspor, når han omtaler, hvordan han overvældes af bedrøvelse, efter at han helt unødvendigt har revet et blad af et træ; eller de tårer, der strømmer fra han i tre dage, fordi han har slået en flue, der irriterede ham, ihjel eller hældt kogende vand over nogle flagermus for at slippe af med dem. Han skriver: ”Siden den dag har jeg ikke gjort nogen skabning ondt. Guds Helligånd lærer os at elske alt levende.” Dette sidste får nogle til i starets Silouan (ligesom i Frans af Asissi) at se en ”økologisk helgen”.

En aktuel og nutidig helgen
Der er nogle, der mener, at Gud har givet Vesten starets Silouan som helgen og fører på frelsens vej, på samme måde som Han har givet Rusland Hl. Serafim af Sarov og Grækenland Hl. Nektarios af Ægina. Bortset fra, at den er forsimplet og skematisk, har denne påstand noget sandt ved sig. Hl. Silouan er, via sin altomfattende kærlighed, som ikke udelukker noget eller nogen, via sin bøn for hele verdens frelse, via dybden i sin eukaristiske vision, som omfatter hele skabningen, via sit kendskab til menneskehjertets afgrunde og til den indre vej, som fører til ”erhvervelsen af Helligånden” – via alt dette har starets Silouan haft betydning for utallige mennesker, som takket være hans skrifter og hans bøn har genfundet Gud og Kristus, uddybet deres tro, ændret deres liv og, for nogles vedkommende, modtaget kald til klosterlivet. Men det er ikke alt. Silouan er, som det er blevet udtrykt, også blevet til ”ét af de pejlemærker, som står på det muliges grund, alt imens det udråber og forbereder morgendagens åndelighed.”

Ifølge fader Porphyrij, forstander for Kovilj-klostret i Serbien, er ”Silouans vidnesbyrd så vigtigt, fordi han, som et forvandlet (transfigureret) menneske, medvirker til hele samfundets og hele universets forvandling. Han er et sandt menneske, sådan som kun de hellige kan være det, og derfor er han en kilde tiil trøst i vores verden, som er mærket af utallige konflikter og spændinger; mellem folkaslag, mellem kønnene og inden i hvert enkelt menneske.”

I en tid, hvor der er røre i den økumeniske bevægelse, hvor visse miljøer (ikke mindst ortodokse) tenderer mod en hårdere kurs hvad angår det konfessionelle og identitetsskabende, hvor nationalismen og de ”stamme-etniske” lidenskaber forværres, i alt dette forekommer starets Silouan at være en formidler, et profetisk mødested, hvor alle slags splittelser og had kan overvindes; overvindes indefra ved en hjertets forvandling. I forhold til fornuftens krise og til de skuffelser, moderniteten og dens talsmænd fører med sig, er Hl. Silouan, med Oliviér Cléments ord, ”et fremtrædende vidne om kristenhedens nuværende forvandling, når Gud fuldender åbenbaringen af Sit navn via den fuldkomne fornedrelse på korset, og vi begriber, at helvede, hvortil Kristus bestandigt farer ned, ikke fører os til intethed, men til håb.”

Teksten er før bragt i ”Kirkebladet”nr. 88 i 2001.

Fra: SOP nr. 255. Oversat fra fransk, let forkortet og bearbejdet af redaktionen.

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Heilige Silouan de Athoniet van de berg Athos in Griekenland uit Rusland (+1938) ╰⊰¸¸.•¨* Dutch

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Heilige Silouan de Athoniet

van de berg Athos in Griekenland uit Rusland (+1938)

De heilige Silouan was een Russische monnik die een groot deel van zijn leven op de berg Athos in Griekenland doorbracht. Hij stierf in 1938 en werd door de orthodoxe Kerk in 1988 heilig verklaard en is daarmee een heilige van deze tijd. Deze vurige Russische asceet, van boerenafkomst, ontving niet alleen de genade om Christus te ‘zien’, maar kreeg tevens een boodschap van Hem: “Houd uw geest in de hel en wanhoop niet”.

Deze boodschap die tegelijkertijd rijk, paradoxaal en voor sommigen onbegrijpelijk of zelfs problematisch is, houdt heel de synthese in van het geestelijk onderricht van de heilige Silouan. Aanvankelijk werd deze formule door Christus enkel aan de heilige Silouan gegeven, in een heel specifieke situatie, in de intieme beslotenheid van een nachtelijk gevecht met de demon, in zijn klooster op de berg Athos, als een ascetische methode, een wapen in de strijd tegen de hoogmoed en tegen de passies. Vandaag echter is deze formule bijna gemeengoed, tot openbaar bezit geworden, zonder dat men zich soms rekenschap geeft van het werkelijke gewicht of de inhoud ervan. Toch is zij een boodschap voor de mens van de eenentwintigste eeuw en voor het heil van deze wereld.

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Άγιος Σιλουανός ο Αθωνίτης (+1938): Ο σύγχρονος, Παγκόσμιος Άγιος της Αγάπης – 24 Σεπτεμβρίου

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Άγιος Σιλουανός ο Αθωνίτης:

Ο σύγχρονος, Παγκόσμιος Άγιος της Αγάπης

24 Σεπτεμβρίου

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SYNAXARION-HAGIOLOGY

Παράτολμο να αγγίξει κανείς τα βιώματα του μεγάλου Οσίου του Χριστού, του Οσίου της θείας Αγάπης, του «Παγκόσμιου» Αγίου Σιλουανού του Αθωνίτου. Ο βιογράφος του Αγίου Σιλουανού, μακαριστός γέρων Σωφρόνιος, έλεγε ότι το εγχείρημα δεν είναι εύκολο για άνθρωπο που δεν έχει ούτε το χάρισμα, ούτε την πείρα του γράφειν. Όμως με τη βοήθεια του Θεού και τις πρεσβείες του Αγίου Σιλουανού θα προσπαθήσουμε να σκιαγραφήσουμε τον βίο και την πολιτεία του.
Ο πατήρ Σιλουανός, κατά κόσμον Συμεών Ιβάνοβιτς Αντονώφ, χωρικός από την επαρχία Λεμπεντιάσκ, γεννήθηκε το 1866 και προσήλθε στον Άθωνα το 1892. Έλαβε τον μανδύα το 1896 και έγινε μεγαλόσχημος το 1911.

Γεγονότα που στάθηκαν σταθμοί στη ζωή του κατά κόσμον Συμεών ήταν η επιρροή που είχε από το άγιο παράδειγμα του πατέρα του.Όπως χαρακτηριστικά έλεγε ο Όσιος «Ποτέ δεν θύμωνε, ήταν πάντοτε μετρημένος και ήσυχος με μεγάλη υπομονή, διάκριση και πραότητα. Να, ένα τέτοιο γέροντα ήθελα να έχω!».

Ο Συμεών νέος και δυνατός όντας, εργαζόταν σ’ ένα κτήμα ενός πρίγκηπα, όταν ο Θεός οικονόμησε να πάει για προσκύνημα στον τάφο του Αγίου Ιωάννου Σεζένωφ του έγκλειστου. Τότε εκεί η ψυχή του δέχτηκε τη χάρη του Θεού και γεύτηκε την θεία αγάπη. Από τότε προσευχόταν θερμά και με πολλά δάκρυα και του γεννήθηκε για πρώτη φορά ο πόθος για μοναχικό βίο.

Όμως για τρεις μήνες, -τόσο διήρκεσε η χάρις στον νεαρό τότε Συμεών- επανήλθε στις διασκεδάσεις με τους φίλους του και έχασε τελείως την Θεία Χάρη και την προσευχή του. Σιγά-σιγά έπεσε στα δίκτυα του κόσμου τούτου και έφτασε να πίνει και βότκα σε σημείο μέθης μαζί με την παρέα του, ώσπου μια μέρα κτύπησε έναν νεαρό μέθυσο, σχεδόν μέχρι θανάτου.

Όμως η Θεομήτωρ επενέβηκε με θαυμαστό τρόπο σώζοντάς τον από το βούρκο που ζούσε και φέρνοντας τον σε πραγματική μετάνοια και αλλαγή τρόπου ζωής. Στον ύπνο του είδε να καταπίνει ένα μεγάλο φίδι και ταράχτηκε τόσο από την αηδία που ένιωσε, που πετάχτηκε πάνω τρομαγμένος. Τότε άκουσε τη φωνή της Θεοτόκου να του λέει: «Όπως δεν σου άρεσε που κατάπιες το φίδι, έτσι δεν μου αρέσουν κι εμένα τα έργα σου». Η γλυκιά και γεμάτη πόνο φωνή της Παναγίας μας τον συγκλόνισε και ήταν η αφορμή ν’ αλλάξει αμέσως τρόπο ζωής και να ξαναγεννηθεί στην ψυχή του ο πόθος για τον μοναχισμό που κράτησε και σε όλη τη στρατιωτική του θητεία.

Κατά το τέλος της στρατιωτικής του θητείας επισκέφτηκε τον Άγιο Ιωάννη της Κροστάνδης και εκεί αφήνοντας ένα ολιγόλογο γράμμα στον άγιο, ο Συμεών έλεγε: «Άγιε πάτερ θέλω να γίνω μοναχός. Προσευχηθείτε να μην με κρατήσει ο κόσμος». Έφυγε αλλά από εκείνη τη στιγμή άρχισαν να βουΐζουν γύρω του οι φλόγες του Άδη και αυτό το αισθανόταν από τότε σ’ όλη τη μετέπειτα μοναχική του ζωή. Μετά από λίγο μετάβηκε στον Άθωνα, όπου εκεί άρχισε ο μεγάλος αγώνας του. Αλλεπάλληλες μεταπτώσεις από τη Χάρη στην πλήρη εγκατάλειψη του Θεού, μαρτύριο ανείπωτο για όσους το βίωσαν. Χαρακτηριστικά έλεγε ο Άγιος ότι «αυτός που δέχτηκε την αγάπη του Θεού στην ψυχή του δεν αντέχει την εγκατάλειψη της Χάριτος και πονεί άχρι θανάτου».

Έτσι λοιπόν ο Άγιος Σιλουανός μέχρι να γίνει δοχείο της Χάριτος του Χριστού και να πληρωθεί Πνεύματος Αγίου πέρασε δια πυρός και σιδήρου: θλίψεις, απόγνωση, βίωσε το σκοτάδι της κολάσεως, βρέθηκε στα έγκατα του Άδη! Όταν έφτασε στα όρια της θλίψεωςκαι το εξέφρασε με το να πει στον Θεό ότι είναι αδυσώπητος, τότεγεύτηκε και τη χάρη ως «πυρ καταναλίσκον» στην καρδιά του από τη στιγμή που είδε τον Κύριό μας Ιησού Χριστό και του είπε τον κορυφαίο λόγο «Κράτα τον νου σου στον Άδη και μην απελπίζεσαι». Από τότε έκαιγε μέσα του ο άσβεστος πόθος, οθείος έρωτας γι’ Αυτόν.

Η ευχή του Ιησού έκαιγε αδιαλείπτως στην ψυχή του, αφού του δόθηκε για τον ανδρείο αγώνα του από την ίδια τη Θεοτόκο! Πλέον τα δάκρυα έτρεχαν ασταμάτητα για όλο τον κόσμο και η καρδιά του πονούσε για όλη την κτίση, που ζούσε μακριά από τον Ποιητή και δημιουργό της. Η προσευχή του με πόνο βαθύ έβγαινε προς τον Θεό και έλεγε: «Δέομαι ουν σου Κύριε, ίνα γνωρίσωσίν Σε εν πνεύματι Αγίω πάντες οι λαοί της γης». Γι’ αυτό άλλωστε αγαπήθηκε πολύ ο Άγιος Σιλουανός από όλα σχεδόν τα έθνη και έγινε Παγκόσμιος Άγιος στις ψυχές όλων. Λίγες γραμμές δεν μπορούν να περιγράψουν τις αρετές ενός γίγαντα Αγίου, όπως την ανεξικακία του, την αγάπη του και ιδιαίτερα την αγάπη του προς τους εχθρούς, την αδιάλειπτη νοερά προσευχή του για όλα τα έθνη, τη χριστομίμητο ταπείνωσή του και την πλήρη υπακοή του σε κάθε αδερφό, όχι μόνο στον πνευματικό. Αρετές που ο Άγιος ήξερε να τις κρύβει πολύ καλά.

Πηγή:

Περιοδ. Καθ’ οδόν

τεύχ. 23

έκδ. Ιεράς Μητροπόλεως Λεμεσού

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Άγιος Σιλουανός ο Αθωνίτης (+1938)

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Ο Άγιος Σιλουανός ο Αθωνίτης (+1938) – Αρχιμ. Σωφρόνιου Σαχάρωφ του Essex Αγγλίας

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GREAT BRITAIN OF MY HEART

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Ο Άγιος Σιλουανός ο Αθωνίτης (+1938)

Αρχιμ. Σωφρόνιου Σαχάρωφ του Essex Αγγλίας

Πηγή:

http://www.egolpion.com

http://www.egolpion.com/4C7A42A6.el.aspx

ΑΝΤΙΑΙΡΕΤΙΚΟ ΕΓΚΟΛΠΙΟ

Σήμερα υπάρχουν λίγοι μόνο γέροντες πού γνωρίζουν την αγάπη του Κυρίου για μας και γνωρίζουν τον αγώνα εναντίον των εχθρών και ότι οι εχθροί κατατροπώνονται μόνο με την κατά Χριστόν ταπείνωση.

Τόσο αγαπά ο Κύριος τον άνθρωπο, που του δίνει πλούσια τις δωρεές του Αγίου Πνεύματος. Μέχρις ότου, όμως, μάθει η ψυχή να διατηρεί τη χάρη, θα βασανίζεται για πολύ.

Τον πρώτο καιρό μετά τη δωρεά του Αγίου Πνεύματος σκέφθηκα: Ο Κύριος μου συγχώρεσε τις αμαρτίες μου, το μαρτυρεί μέσα μου η χάρη. Τι μου χρειάζεται, λοιπόν, περισσότερο; Δεν πρέπει, όμως, να σκεφτόμαστε έτσι. Παρότι μας συγχωρούνται οι αμαρτίες, εν τούτοις πρέπει να τις θυμόμαστε σε όλη τη ζωή μας και να θλιβόμαστε γι΄ αυτές, για να διατηρούμε τη συντριβή της καρδιάς. Εγώ δεν το γνώριζα αυτό και έπαυσα να έχω συντριβή και υπέφερα πολλά από τους δαίμονες. Και απορούσα, τι συμβαίνει με μένα. Η ψυχή μου γνωρίζει τον Κύριο και την αγάπη Του· τότε πώς μου έρχονται κακοί λογισμοί; Αλλά ο Κύριος με σπλαγχνίστηκε και με δίδαξε ο Ίδιος πώς πρέπει να ταπεινώνομαι: «Κράτα το νου σου στον Άδη και μην απελπίζεσαι».
Με τον τρόπο αυτό νικώνται οι εχθροί. Όταν, όμως, ο νους μου λησμονεί το πυρ του άδη, τότε οι λογισμοί αποκτούν και πάλι δύναμη.

Όποιος έχασε τη χάρη, όπως εγώ, αυτός ας πολεμά με γενναιότητα τους δαίμονες. Γνώριζε πώς εσύ ο ίδιος είσαι ο ένοχος: έπεσες στην υπερηφάνεια και τη ματαιοδοξία. Όμως, ο πολυέλεος Κύριος σε αφήνεις να μάθεις τι σημαίνει να ζεις με το Άγιο Πνεύμα και τι σημαίνει να βρίσκεσαι σε πόλεμο με τους δαίμονες. Έτσι, η ψυχή βλέπει εκ πείρας πόσο ολέθρια είναι η υπερηφάνεια και αποφεύγει τη ματαιοδοξία και τους ανθρώπινους επαίνους και διώχνει τους υπερήφανους λογισμούς. Τότε η ψυχή αρχίζει να γίνεται καλά και μαθαίνει να διατηρεί τη χάρη. Πώς θα καταλάβεις αν η ψυχή είναι υγιής ή άρρωστη; Η άρρωστη ψυχή είναι υπεροπτική, ενώ η υγιής ψυχή αγαπά την ταπείνωση, όπως τη δίδαξε το Άγιο Πνεύμα, και όσο δεν γνωρίζει ακόμη αυτή τη Θεία ταπείνωση πρέπει να θεωρεί τον εαυτό της χειρότερο απ΄ όλους.

… «Εσύ, Κύριε, μου δείχνεις τη δόξα Σου, γιατί αγαπάς το πλάσμα σου. Σε μένα, όμως, δώσε δάκρυα κατανύξεως και τη δύναμη να Σε ευχαριστώ. Σε Σένα βέβαια αρμόζει δόξα στον ουρανό και στη γη, σε μένα, όμως, ταιριάζουν δάκρυα για τις αμαρτίες μου»…

… Ο Κύριος με λυπήθηκε πολύ και μου έδωσε να καταλάβω ότι πρέπει να κλαίω σε όλη μου τη ζωή. Αυτή είναι η οδός του Κυρίου. Και τα γράφω αυτά τώρα από πόνο για τους ανθρώπους, πού, όπως κι εγώ, είναι υπερήφανοι και γι΄ αυτό πάσχουν. Τα γράφω, για να μάθουν την ταπείνωση και να βρουν ανάπαυση εν τω Θεώ…

Είναι μεγάλο αγαθό να μάθει κάποιος την κατά Χριστόν ταπείνωση. Με αυτή γίνεται εύκολη και ευχάριστη η ζωή και όλα γίνονται αγαπητά στην καρδιά. Μόνο στους ταπεινούς εμφανίζεται ο Κύριος εν Πνεύματι Αγίω και αν δεν ταπεινωθούμε, δεν θα δούμε τον Θεό. Η ταπείνωση είναι το φως, μέσα στο οποίο μπορούμε να δούμε τον Θεό-Φως, όπως ψάλλεται: «Εν τω φωτί Σου οψόμεθα φως».

Ο Κύριος με δίδαξε να κρατώ το νου μου στον άδη, και να μην απελπίζομαι. Με τον τρόπο αυτόν ταπεινώνεται η ψυχή μου, αλλ΄ αυτό δεν είναι ακόμη η αληθινή κατά Χριστόν ταπείνωση, που είναι απερίγραπτη…

… Ω, προσευχηθείτε για μένα όλοι οι Άγιοι, για να μάθει η ψυχή μου την ταπείνωση του Χριστού. Τη διψά η ψυχή μου, αλλά δεν κατορθώνω να την αποκτήσω και την ζητώ με δάκρυα, σαν το παιδί που ζητά τη μητέρα του, όταν τη χάσει.

«Πού είσαι, Κύριέ μου; Κρύφτηκες από την ψυχή μου και Σε ζητώ με δάκρυα»…

… Πρέπει να υπομείνεις πολλούς κόπους και να χύσης πολλά δάκρυα, για να διατηρήσεις το πνεύμα ταπεινωμένο κατά Χριστόν. Χωρίς αυτό σβήνει το φως της ζωής στην ψυχή και αυτή πεθαίνει.

Μπορείς σε σύντομο χρονικό διάστημα να αποξηράνεις το σώμα με τη νηστεία. Να ταπεινώσεις όμως την ψυχή έτσι, που να μένει συνεχώς ταπεινή, αυτό ούτε εύκολο είναι ούτε σύντομα έρχεται. Η οσία Μαρία η Αιγύπτια πάλευε δεκαεπτά χρόνια με τα πάθη, σαν με άγρια θηρία, και μόνο τότε βρήκε ανάπαυση. Και όμως το σώμα της μαράθηκε σε λίγο χρόνο, γιατί στην έρημο δεν υπάρχει πολλή τροφή…

… Ποθεί η ψυχή μου να δει τον Κύριο και διψά γι΄ Αυτόν με ταπείνωση, γιατί είναι ανάξια για τέτοιο μεγάλο αγαθό.

Η υπερηφάνεια εμποδίζει την ψυχή να μπει στο δρόμο της πίστεως. Στον άπιστο δίνω αυτή τη συμβουλή. Ας πει: «Κύριε, αν υπάρχεις, φώτισέ με και θα Σε υπηρετήσω με όλη την καρδιά μου και με όλη την ψυχή μου». Και ο Κύριος οπωσδήποτε θα φωτίσει μια τέτοια ταπεινή σκέψη και προθυμία για την υπηρεσία του Θεού. Δεν πρέπει, όμως, να λέει: «Αν υπάρχεις, τότε παίδεψέ με», γιατί αν έρθει η τιμωρία, είναι δυνατό να μη βρεις τη δύναμη να ευχαριστήσεις τον Θεό και να μετανοήσεις…

… Για να σωθείς, είναι ανάγκη να ταπεινωθείς. Γιατί τον υπερήφανο, και με τη βία να τον βάλεις στον παράδεισο, κι εκεί δεν θα βρει ανάπαυση, γιατί δεν θα είναι ικανοποιημένος και θα λέει: «Γιατί δεν είμαι εγώ στην πρώτη θέση;» Αντίθετα, η ταπεινή ψυχή είναι γεμάτη αγάπη και δεν επιδιώκει πρωτεία, αλλά επιθυμεί για όλους το καλό και είναι ευχαριστημένη με όλα.

… Ο κενόδοξος ή φοβάται τους δαίμονες ή γίνεται όμοιος με αυτούς. Δεν πρέπει, όμως, να φοβόμαστε τους δαίμονες, αλλά πρέπει να φοβόμαστε την κενοδοξία και την υπερηφάνεια, γιατί προκαλούν την απώλεια της χάριτος…

… Ο Κύριος μας αγαπά πολύ. Και, όμως, εμείς πέφτομε σε αμαρτίες, γιατί δεν έχουμε ταπείνωση. Για να διαφυλάξεις την ταπείνωση, πρέπει να νεκρώσεις τη σάρκα και να δεχτείς το Πνεύμα του Χριστού. Οι Άγιοι είχαν ισχυρό πόλεμο με τους δαίμονες και νίκησαν με την ταπείνωση, την προσευχή και τη νηστεία.

Όποιος ταπείνωσε τον εαυτό του, αυτός νίκησε τους εχθρούς.

… Τι πρέπει να κάνει κάποιος, για να έχει ειρήνη στην ψυχή και το σώμα;

Πρέπει ν΄ αγαπά όλους τους ανθρώπους, όπως τον εαυτό του, και να είναι κάθε ώρα έτοιμος για το θάνατο. Όταν η ψυχή θυμάται το θάνατο, ταπεινώνεται και παραδίνεται ολόκληρη στο θέλημα του Θεού και επιθυμεί να έχει ειρήνη με όλους και να τους αγαπά όλους.

Όταν έρθει στην ψυχή η ειρήνη του Χριστού, τότε είναι ευχαριστημένη να κάθεται, όπως ο Ιώβ, στην κοπριά και χαίρεται που βλέπει τους άλλους δοξασμένους και η ίδια είναι η πιο ασήμαντη από όλους. Το μυστήριο της κατά Χριστόν ταπεινώσεως είναι μεγάλο και άρρητο. Η ψυχή που αγαπά, επιθυμεί για κάθε άνθρωπο περισσότερα αγαθά παρά για τον εαυτό της, και χαίρεται να βλέπει τους άλλους να είναι πιο ευτυχισμένοι από την ίδια και θλίβεται, όταν τους βλέπει να βασανίζονται…

… Ο Κύριος αγαπά τους ανθρώπους. Εν τούτοις παραχωρεί τις θλίψεις, για να γνωρίσουν οι άνθρωποι την αδυναμία τους και να ταπεινωθούν και με την ταπείνωση να λάβουν το Άγιο Πνεύμα. Με το Άγιο Πνεύμα όλα γίνονται ωραία, χαρούμενα, υπέροχα…

… Λες: Με βρήκαν πολλές συμφορές. Εγώ, όμως, θα σου πω -μάλλον ο Κύριος ο Ίδιος λέει: Ταπεινώσου και θα δεις πώς όλες οι συμφορές σου θα μετατραπούν σε ανάπαυση, έτσι πού συ ο ίδιος έκπληκτος θα λες: Γιατί λοιπόν πριν βασανιζόμουν και στενοχωριόμουν τόσο; Τώρα, όμως, χαίρεσαι, γιατί έχεις ταπεινωθεί και ήρθε η χάρη του Θεού. Τώρα, και αν ακόμη μείνεις μόνο εσύ φτωχός στον κόσμο, δεν θα σε εγκαταλείψει η χαρά, γιατί δέχθηκες στην ψυχή σου την ειρήνη εκείνη, για την οποία λέει ο Κύριος: «Ειρήνην την Εμήν δίδωμι υμίν». Έτσι δίνει ο Κύριος σε κάθε ταπεινή ψυχή την ειρήνη Του, που ξεπερνά τον ανθρώπινο νου.


Ο Κύριος δεν εμφανίζεται στην υπερήφανη ψυχή. Η υπερήφανη ψυχή, ακόμη και αν μελετήσει όλα τα βιβλία, ποτέ δεν θα γνωρίσει τον Κύριο, γιατί με την υπεροψία της δεν αφήνει μέσα της χώρο για τη χάρη του Αγίου Πνεύματος -και ο Κύριος γνωρίζεται μόνο με το Άγιο Πνεύμα.

… Αν ήμασταν ταπεινοί, ο Κύριος από αγάπη θα μας αποκάλυπτε όλα τα μυστήρια. Αλλά η συμφορά μας είναι πώς δεν είμαστε ταπεινοί, υπερηφανευόμαστε και είμαστε ματαιόδοξοι για κάθε τι ασήμαντο κι έτσι βασανίζουμε τον εαυτό μας και τους άλλους…

… Είναι αξιολύπητοι οι άνθρωποι που δεν γνωρίζουν τον Θεό, και πονώ γι΄ αυτούς. Υπερηφανεύονται, γιατί πετούν· αλλά τί το αξιοθαύμαστο; Και τα πουλιά πετούν, και δοξάζουν τον Θεό. Και, όμως, ο άνθρωπος, το κτίσμα του Θεού, εγκαταλείπει τον Κτίστη. Αλλά σκέψου, πώς θα σταθείς στην Φοβερή Κρίση του Θεού; Πού θα πορευθείς ή πού θα κρυφτείς από το Πρόσωπο του Θεού;…

… Υπάρχουν πολλά είδη ταπεινώσεως. Ο ένας είναι υπάκουος και μέμφεται για όλα τον εαυτό του, και αυτό είναι ταπείνωση. Ο άλλος μετανοεί για τις αμαρτίες του και θεωρεί τον εαυτό του βδέλυγμα ενώπιον του Κυρίου, και αυτό είναι ταπείνωση. Άλλη ταπείνωση, όμως, έχει εκείνος που γνώρισε τον Κύριο με το Πνεύμα το Άγιο· εκείνος έχει άλλη γνώση και άλλη γεύση.

Όταν η ψυχή δει με το Άγιο Πνεύμα τον Κύριο, πόσο πράος και ταπεινός είναι, τότε ταπεινώνεται και η ίδια τελείως. Και η ταπείνωση αυτή είναι εντελώς ιδιαίτερη· κανένας δεν μπορεί να την περιγράψει, και γνωρίζεται μόνο εν Πνεύματι Αγίω. Κι αν οι άνθρωποι γνώριζαν εν Πνεύματι Αγίω ποιος είναι ο Κύριός μας, τότε όλοι θα άλλαζαν: οι πλούσιοι θα εγκατέλειπαν τα πλούτη τους, οι επιστήμονες τις επιστήμες τους, οι κυβερνήτες τη δόξα και την εξουσία τους και θα γινόταν όλοι ταπεινοί, θα ζούσαν με μεγάλη ειρήνη και αγάπη και θα βασίλευε μεγάλη χαρά στη γη…

… Κύριε , δώσε να γνωρίσουν όλοι οι λαοί της γης πόσο μας αγαπάς και ποια θαυμαστή ζωή χαρίζεις σε όσους πιστεύουν σε Σένα.

Πνευματικές δοκιμασίες…

Δεν είναι πάντοτε χωρίς πόνο για τον άνθρωπο η πορεία προς τον Θεό. Κατά την περίοδο της άρσεως της χάριτος, που συνήθως διαρκεί πολλά χρόνια, ο Θεός μπορεί να φανεί στην ψυχή ανίλεως. Μή βρίσκοντας το έλεος του Θεού παρά την ακραία για τις δυνάμεις του άσκηση και τον κόπο, ο άνθρωπος πάσχει τόσο πολύ, ώστε, αν μπορούσε, θα απαρνιόταν τελείως κάθε ύπαρξη.

Σε τί συνίσταται το πάθος του;

Η απάντηση στο ερώτημα αυτό δεν είναι εύκολος.
Αφού γνώρισε τον Θεό, αφού γνώρισε τη ζωή στο φως του Προσώπου του Θεού, η ψυχή στον κόσμο δεν βρίσκει χαρά ή ικανοποίηση σε τίποτε πια και με τίποτε δεν μπορεί να αναπαυθεί. Και, όμως, όλα την περιβάλλουν, εκτός από τον Θεό. Ό,τι γνώρισε ως κακό, ως σκοτάδι, κάθε δαιμονική ενέργεια την παρενοχλεί και το μαρτύριο των παθών πλησιάζει κατά καιρούς τη μεγαλύτερη ένταση, ενώ ο Θεός, θάλεγε κανείς, αποστρέφεται τον άνθρωπο και σε καμιά κραυγή του δεν προσέχει. Σαν το πιο ανυπεράσπιστο όν αιωρείται επάνω από τη φοβερή άβυσσο και επικαλείται τη βοήθεια του Θεού, αλλά κανένας στεναγμός του δεν εισακούεται. Ο Θεός φαίνεται σαν να μην ενδιαφέρεται καθόλου για το πάθος του. Η ψυχή γνωρίζει την έκπτωσή της από την αγάπη του Θεού και τυραννιέται συνειδητοποιώντας την αδικία και την απιστία της προς τον Θεόν, αλλά συγχρόνως βοά προς Αυτόν για έλεος. Μάταια όμως. Ο Θεός στέκεται ενώπιον της ψυχής μόνο ως ελεγκτής των ανομιών της και αυτή συντρίβεται από τους ελέγχους αυτούς. Αναγνωρίζει την αλήθεια της κρίσεως του Θεού, αλλά ο πόνος της δεν μειώνεται. Βυθίζεται στη σκιά του θανάτου όχι φανταστικά, αλλά πραγματικά και υποφέρει φρικτά, γιατί δεν βρίσκει κοντά της τον Θεό, τον Οποίο επικαλείται ημέρα και νύχτα.

Τίθεται το ερώτημα: Γιατί όλα αυτά;

Τον καιρό της δοκιμασίας δεν μπορεί η ψυχή να το δεχθεί αυτό ως εκδήλωση του μεγαλείου της αγάπης ή της εκτιμήσεως της από τον Θεό, ως επιθυμία Του να καταστήσει τον ασκητή κατ΄ εικόνα Του, δηλαδή κύριο και βασιλιά, να του μεταδώσει την αγιότητα και το πλήρωμα της Θείας υπάρξεως. Η ψυχή ένα μόνο γνωρίζει: Ο Θεός την εγκατέλειψε, αφού πιο πριν έλαμψε σε αυτήν το Φως Του κι έτσι πλήθυνε άμετρα τις θλίψεις της. Και όταν εξαντλημένη τελείως δεν βλέπει τον Θεό να στρέφεται με την ευσπλαγχνία Του προς αυτήν, τότε γεμίζει σκέψεις και αισθήματα, για τα οποία τηρείται σιωπή. Η ψυχή κατεβαίνει στον άδη, όχι όπως εκείνοι που δεν γνώρισαν το Πνεύμα του Θεού, όσοι δεν έχουν μέσα τους το φως της αληθινής Θεογνωσίας και συνεπώς είναι τυφλοί. Όχι. Η ψυχή κατεβαίνει εκεί ικανή να κατανοήσει το βαθύ σκοτάδι που αντικρύζει.

Αυτό συμβαίνει μόνο με όσους γνώρισαν τη Θεία χάρη και ύστερα την έχασαν. Το σπέρμα της αγάπης του Θεού που έπεσε στα βάθη της γεννά στην ψυχή μετάνοια, πού κατά τη δύναμη και το βάθος της ξεπερνά το μέτρο της συνηθισμένης θρησκευτικής συνειδήσεως. Ο άνθρωπος απευθύνεται προς τον Θεό με μεγάλο θρήνο, με όλη τη δύναμή του, με όλο το είναι του και έτσι μαθαίνει την προσευχή πού τον αποσπά από τον κόσμο αυτόν σε έναν άλλο, όπου ακούει ρήματα άρρητα για ανθρώπινη γλώσσα. Άρρητα, γιατί, μόλις εκφρασθούν με συνήθεις λέξεις και έννοιες, επιτρέπουν σε όποιον τα ακούει να βλέπει και να εννοεί μόνο ό,τι γνώρισε έκ πείρας και τίποτε περισσότερο. Και όταν η ψυχή περάσει από όλες αυτές τις βαρειές δοκιμασίες, διαβλέπει μέσα της ότι δεν υπάρχει στον κόσμο τόπος, πόνος, χαρά, δύναμη ή κτίσμα, πού θα μπορούν να τη χωρίσουν από την αγάπη του Θεού. Και το σκοτάδι αδυνατεί πια να καταβροχθίσει το φως της νέας ζωής που έχει μέσα της.

Η πορεία με τον Θεό δεν είναι πάντοτε ανώδυνη για τον άνθρωπο. Το ίδιο και η ζωή με τους αγίους δεν είναι πάντοτε εύκολη. Πολλοί σκέπτονται με αφέλεια ότι όλα είναι ευχάριστα με τους αγίους· λυπούνται, γιατί ζουν ανάμεσα σε αμαρτωλούς και νοσταλγούν να συναντήσουν έναν άγιο. Η ψυχή, που προηγουμένως ήταν θλιμμένη, νομίζει εξαιτίας της γεμάτης από χαρά και ελπίδα συνάντησης ότι η διαμονή με τους αγίους ενεργεί πάντοτε τόσο χαροποιά στην ψυχή. Απατάται όμως. Κανένας άγιος δεν μπορεί να μας ελευθερώσει από τον αναπόφευκτο αγώνα κατά της αμαρτίας, η οποία ενεργεί μέσα μας. Μπορεί να συνεργήσει με την προσευχή, να βοηθήσει με το λόγο και τη διδαχή, να ενισχύσει με το παράδειγμά του, αλλά είναι αδύνατον να μας απαλλάξει από τον κόπο και την άσκηση. Και όταν ο άγιος μας προσκαλεί και μας ελκύει να ζήσουμε σύμφωνα με τις εντολές, τότε μπορεί να φανεί και «σκληρός». Είπαν μερικοί και ως τώρα εξακολουθούν να λένε για τον Ίδιο τον Χριστό, «σκληρός εστίν ούτος ο λόγος· τις δύναται Αυτού ακούειν;» (Ιωάν. ς΄60). Έτσι και ο λόγος των αγίων, όταν απαιτούν να φυλάξουμε τις ευαγγελικές εντολές, γίνεται δυσβάστακτος και «σκληρός».

Ο Γέροντας Σιλουανός ήταν πάντοτε πράος, συγκαταβατικός, ήπιος, αλλά ποτέ δεν έκανε παρέκκλιση από όσα διδάχθηκε από τον Θεό. Η στάση του ήταν απλή και σαφής: «Ο Θεός οικτίρει τους πάντας… Ούτως ηγάπησε τούς ανθρώπους, ώστε έλαβεν επ΄ Αυτού το βάρος όλου του κόσμου… Και παρ΄ ημών ζητεί να αγαπώμεν τον αδελφόν ημών». Η ψυχή καταλαβαίνει πώς ο Γέροντας λέει την αλήθεια, αλλά πώς να τον ακολουθήσει; Αυτό είναι δυσβάστακτο και πολλοί απομακρύνονταν από αυτόν. Η πνευματική του ευωδία γεννούσε στην ψυχή βαθειά συνείδηση της δυσωδίας και της ευτελείας της. Αν παραπονείστε για τους υβριστές, κατανοεί και συμμερίζεται τη θλίψη σας, όχι όμως και την οργή σας. Αν σκέπτεστε να ανταποδώσετε κακό αντί κακού, τότε πιο πολύ θλίβεται για σας. Αν θεωρείτε επιζήμιο να απαντήσετε στον κακό άνθρωπο με το αγαθό, τότε αυτός απορεί πώς μπορεί κάποιος που ονομάζει τον εαυτό του χριστιανό να νομίζει ότι μια πράξη που συμφωνεί με την εντολή του Χριστού μπορεί να τον ζημιώσει. Οι εντολές του Χριστού ήταν γι΄ αυτόν κανόνας απόλυτης τελειότητας και η μόνη οδός για να νικηθεί το κακό του κόσμου· οδός για να φθάσουμε στο αιώνιο φως. Η τήρησή τους δεν μπορεί παρά να είναι μόνο ωφέλιμη. Ωφέλιμη και γι΄ αυτόν πού τις ακολουθεί και για εκείνον, για τον οποίο εκπληρώνονται. Είναι αδύνατον να υπάρξει περίπτωση, κατά την οποία η τήρηση των εντολών του Χριστού προκαλεί ζημιά, αν θεωρήσουμε ζημιά όχι την εξωτερική βλάβη μέσα στο χρόνο, αλλά τη ζημιά στο επίπεδο της αιώνιας ύπαρξης, γιατί η εντολή του Χριστού είναι η φανέρωση του απόλυτου αγαθού.

Κάποτε ένας Ιερομόναχος είπε στον Γέροντα ότι αν κάποιος ενεργήσει όπως αυτός λέει, αυτό θα αποβεί προς όφελος των εχθρών και το κακό θα θριαμβεύσει. Ο Γέροντας τη στιγμή εκείνη έμεινε σιωπηλός, γιατί αυτός που αντέλεγε δεν ήταν σε θέση να δεχθεί το λόγο, αλλά έπειτα είπε σε κάποιον άλλον: «Πώς μπορεί το πνεύμα του Χριστού να σκεφτεί το κακό οποιουδήποτε; Άραγε γι΄ αυτό μας κάλεσε ο Θεός;»

Μεγάλη και λεπτή είναι η πονηρία της συνειδήσεως του εμπαθούς ανθρώπου. Στη θρησκευτική ζωή, όποιος έχει υποταχθεί στο πάθος, το παρουσιάζει συχνά ως αναζήτηση της αλήθειας και της ωφέλειας και όχι σπάνια και ως αγώνα για τη δόξα του Θεού. Εν ονόματι του Χριστού, που παρέδωσε τον Εαυτό Του σε θάνατο για χάρη των εχθρών, οι άνθρωποι είναι έτοιμοι πολλές φορές να χύσουν και αίμα ακόμη, όχι όμως το δικό τους, αλλά του «αδελφού-εχθρού». Έτσι γινόταν σε κάθε εποχή, αλλά η ζωή του Γέροντα συνέπεσε με μια ιστορική περίοδο, όπου παρόμοια διαστροφή εκδηλωνόταν με ιδιαίτερη ένταση.

«Αυτή είναι η οδός του Χριστού;», έλεγε με θλίψη.

«Σκληρός» ο λόγος του Γέροντα. Ποιος μπορεί να τον ακούει; Να ζήσεις σύμφωνα με αυτόν σημαίνει να παραδώσεις τον εαυτό σου σε μαρτύριο, όχι μόνο με την κυριολεκτική σημασία της λέξεως, αλλά και στην πορεία της καθημερινής ζωής.
Δεν θυμόμαστε πού ακριβώς γίνεται λόγος για έναν ευσεβή άνθρωπο, πού σε όλη τη ζωή του παρακαλούσε τον Κύριο να τον αξιώσει να βρει μαρτυρικό θάνατο και, όταν πλησίασε η ώρα του ειρηνικού του τέλους, τότε είπε με θλίψη: «Ο Κύριος δεν άκουσε την προσευχή μου». Μόλις, όμως, πρόφερε τις λέξεις αυτές, έλαβε πληροφορία ότι όλη η ζωή του υπήρξε μαρτυρική και έτσι έγινε δεκτή.
Ο Γέροντας έλεγε πώς η χάρη πού έλαβε στην αρχή ήταν όμοια με τη χάρη των μαρτύρων και σκεπτόταν ακόμη ότι ίσως ο Κύριος προόριζε και αυτόν για μαρτυρικό θάνατο. Αλλά, όπως ο ευσεβής εκείνος άνθρωπος, τελείωσε εν ειρήνη. Ο Γέροντας ήταν εγκρατής σε όλα. Δεν παραδινόταν σε ονειροπολήσεις τελειότητας, αλλά αφού γνώρισε την τέλεια αγάπη του Χριστού αγωνίσθηκε πολύ σε όλη του τη ζωή, για να την αποκτήσει. Περισσότερο από τον καθένα γνώριζε πώς είναι «το μέν πνεύμα πρόθυμον, η δέ σάρξ ασθενής», και γι΄ αυτό έλεγε ότι συναντάται καμιά φορά στους ανθρώπους η επιθυμία να μαρτυρήσουν για τον Χριστό, αλλά αν δεν υπάρχει χάρη και στο σώμα, ο άνθρωπος μπορεί να μην αντέξει στα βάσανα. Γι΄ αυτό δεν πρέπει να επιδιώκει κανείς τέτοιο άθλημα. Αν, όμως, ο Κύριος τον καλέσει, τότε πρέπει ο άνθρωπος να ζητήσει βοήθεια και Εκείνος θα βοηθήσει.
Δεν ζητούσε ο Γέροντας το μαρτύριο, αν και έλαβε χάρη μαρτύρων. Η ζωή του ήταν αληθινό μαρτύριο. Μπορεί να λεχθεί και ακόμη μεγαλύτερο. Ο μάρτυρας πολλές φορές για μια γενναία ομολογία του παίρνει το έπαθλο, ο ασκητής όμως, όπως ο Γέροντας, αγωνίζεται επί δεκαετίες. Να προσεύχεσαι για τον κόσμο, όπως εκείνος προσευχόταν («να προσεύχεσαι για τους ανθρώπους σημαίνει να χύνεις αίμα») τόσον καιρό, είναι πιο οδυνηρός από το απλό μαρτύριο.
Η οδός του χριστιανού γενικά είναι μαρτύριο. Και όποιος την πορεύεται με τον τρόπο που πρέπει, διστάζει να προχωρήσει στο κήρυγμα. Η ψυχή του ποθεί να δει τον αδελφό του κοινωνό στο αιώνιο φως, αλλά προτίθεται να υποστεί μόνος τον πόνο του αγώνα και γι΄ αυτόν κυρίως το λόγο καταφεύγει κυρίως στην προσευχή για τον κόσμο.

Μέσα στα όρια της επίγειας ζωής, μέσα στη σφαίρα αυτήν που δόθηκε από τον Θεό για τη φανέρωση όχι μόνο των θετικών, αλλά και των αρνητικών δυνατοτήτων της ελευθερίας, κανένας και τίποτε δεν μπορεί να αναχαιτίσει εντελώς την εκδήλωση του κακού. Η προσευχή της αγάπης, όμως, έχει τη δύναμη να μεταβάλλει σε μεγάλο βαθμό τη ροή των κοσμικών γεγονότων και να περιορίσει για πολύ την έκταση του κακού.

«Και η ζωή ήν το φως των ανθρώπων. Και το φώς εν τη σκοτία φαίνει, και η σκοτία αυτό ου κατέλαβεν» (Ιωάν. α΄4-5). Η σκοτία της μη-υπάρξεως δεν μπορεί να καταπιεί το φως της ζωής. Κάθε αγαθό που εκπορεύεται από τον Θεό και επιστρέφει στον Θεό είναι ακατάλυτο. Η προσευχή είναι μια από τις υψηλότερες μορφές της αγαθής υπάρξεως, του ακατάλυτου, του αιώνιου. Είναι εκείνη «η αγαθή μερίς, ήτις ούκ αφαιρεθήσεται» (Λουκ. Ι΄ 42) στον αιώνα.

Στην αναζήτηση της σωτηρίας του εαυτού του και του πλησίον ο ασκητής, συγκεντρωμένος στον έσω άνθρωπο, διαπιστώνει μέσα του τη δύναμη του «νόμου της αμαρτίας» (Ρωμ. ζ΄23). Βλέποντας πώς η αμαρτία τον «αποκτείνει» (Ρωμ. ζ΄11) παρόλη την έφεσή του για το αγαθό, οδηγείται σε απελπισία και στην καταθλιπτική αυτή κατάσταση προσεύχεται.

Θυμούμαστε αξιόλογη επίσκεψη κάποιου ερημίτη μοναχού, προχωρημένης ηλικίας. Ζούσε σε μια χαράδρα κάποιου απομακρυσμένου δασώδους τόπου, κοντά σ΄ ένα χείμαρρο. Είχε πρόσωπο βασανισμένο, άπλυτο από καιρό, ρυτιδιασμένο, χλωμό, γκρίζο. Ήταν ατημέλητος, με λευκά μαλλιά και γένια, βαθουλωμένα γκριζογάλανα μάτια. Κουβεντιάσαμε πολύ. Μου διηγήθηκε για τον εαυτό του το εξής:

«Πολλά χρόνια πονούσε η ψυχή μου από το λογισμό, πώς να, εμείς οι μοναχοί απαρνηθήκαμε τον κόσμο, αφήσαμε και συγγενείς και πατρίδα, εγκαταλείψαμε το πάν, όσα συνήθως αποτελούν τη ζωή των ανθρώπων· δώσαμε υποσχέσεις ενώπιον Θεού και αγίων αγγέλων και ανθρώπων να ζούμε σύμφωνα με το νόμο του Χριστού· απαρνηθήκαμε το θέλημά μας και περνάμε ουσιαστικά μαρτυρική ζωή και παρόλα αυτά δεν ευδοκιμούμε στο καλό. Άραγε είναι πολλοί από μας πού σώζονται; Εγώ πρώτος χάνομαι. Παρατηρώ και τους άλλους, τους κατέχουν τα πάθη. Όταν, όμως, συναντώ τους κοσμικούς, βλέπω ότι αυτοί ζουν σε μεγάλη άγνοια και αμέλεια και δεν μετανοούν. Και να που σιγά-σιγά, χωρίς να καταλάβω πώς, έμαθα να προσεύχομαι για τον κόσμο. Έχυσα πολλά δάκρυα με τη σκέψη ότι, αν εμείς οι μοναχοί που απαρνηθήκαμε τον κόσμο δεν σωζόμαστε, τότε τι γίνεται γενικότερα στον κόσμο; Έτσι βαθμηδόν μεγάλωνε η θλίψη μου και άρχισα να χύνω δάκρυα απογνώσεως. Και να, πέρυσι ενώ βρισκόμουν στην απελπισία αυτή, εξαντλημένος από το κλάμα, ξαπλωμένος καταγής, εμφανίσθηκε ο Κύριος και με ρώτησε:

«Γιατί θρηνείς έτσι…»;

Εγώ σιώπησα μην μπορώντας να ατενίσω Τον εμφανισθέντα…

«Δεν γνωρίζεις ότι Εγώ θα κρίνω τον κόσμο»;…

Εγώ πάλι σιώπησα παραμένοντας πρηνής… Ο Κύριος μου λέει:

«Θα ελεήσω κάθε άνθρωπο πού επικαλέσθηκε τον Θεό έστω και μια φορά στη ζωή του…».

Μου ήρθε τότε η σκέψη:

«Τότε, γιατί εμείς πάσχουμε έτσι καθημερινά»;

Ο Κύριος στην κίνηση αυτή της σκέψεώς μου απήντησε:

«Εκείνοι που πάσχουν για την εντολή Μου, στη Βασιλεία των Ουρανών θα είναι φίλοι Μου, ενώ τους άλλους μόνο θα τους ελεήσω».

Και ο Κύριος έφυγε».

Αυτό συνέβη, ενώ ο ασκητής βρισκόταν σε εγρήγορση. Διηγήθηκε και δυο άλλες οράσεις που είχε, ενώ κοιμόταν ελαφρά μετά από περίλυπη προσευχή για τον κόσμο.
Δεν αναφέρουμε το όνομα του μοναχού αυτού, γιατί ζει ακόμη και αποφεύγουμε την αξιολόγηση των οράσεων. Τον ακούσαμε χωρίς την παραμικρή εκδήλωση της στάσεώς μας σχετικά με όσα ανέφερε, ακολουθώντας την αυστηρή υπόδειξη των πατέρων του Άθω πώς πρέπει να δείχνουμε ιδιαίτερη προσοχή, όταν πρόκειται για οράσεις. Μπορεί, όμως, η αυστηρή μας στάση ή κάτι άλλο αδέξιο από μέρους μας να λύπησε τον γέροντα-μοναχό. Πάντως από τότε δεν ξαναήρθε.

Κατά το χρόνο της επικοινωνίας μας με τους πατέρες του Αγίου Όρους συναντήσαμε εννιά ανθρώπους, πού αγαπούσαν να προσεύχονται για τον κόσμο και προσεύχονταν με δάκρυα αγάπης. Κάποτε ακούσαμε την εξής συνομιλία δύο μοναχών. Ο ένας από αυτούς έλεγε:

  • Δεν μπορώ να καταλάβω γιατί ο Κύριος δεν δίνει την ειρήνη στον κόσμο, αν έστω κι ένας άνθρωπος Τον εκλιπαρεί γι΄ αυτό;

Ο άλλος απήντησε:

  • Και πώς είναι δυνατή η απόλυτη ειρήνη στη γη, αν μένει έστω και ένας μόνο άνθρωπος με πονηρή θέληση;

Επανερχόμαστε όμως στο κύριο θέμα μας. ]

Ο Θεός δεν είναι πάντοτε εύκολος για τον άνθρωπο.

Το επαναλαμβάνουμε, αλλά η φύση του θέματός μας απαιτεί την επανάληψη. Δεν είναι πλούσιος ούτε ποικιλόμορφος ο κύκλος των σκέψεων του ασκητή, αλλά οι σκέψεις αυτές ανήκουν στην ύπαρξη εκείνη που δύσκολα αφομοιώνεται. Αιώνες περνούν και στη μακρά ροή τους η ίδια πείρα επαναλαμβάνεται σχεδόν απαράλλακτα. Και, όμως, λίγοι γνωρίζουν την ακολουθία της χριστιανικής ασκήσεως, ενώ οι περισσότεροι χάνονται σε αυτόν το δρόμο. Ο Κύριος είπε: «Στενή η πύλη και τεθλιμμένη η οδός η απάγουσα εις την ζωήν, και ολίγοι εισίν οι ευρίσκοντες αυτήν» (Ματθ. ζ΄14).

Θέλουμε να ξαναμιλήσουμε για το θέμα που ήταν το αντικείμενο των μακρών συνομιλιών του Γέροντα με τον πατέρα Στρατόνικο. Η οδός του χριστιανού σε γενικές γραμμές είναι η εξής:

Στην αρχή ο άνθρωπος ελκύεται προς τον Θεό με τη δωρεά της χάριτος και, όταν προσελκυσθεί, αρχίζει η μακρά περίοδος της δοκιμασίας. Δοκιμάζεται η ελευθερία του ανθρώπου και η εμπιστοσύνη του στον Θεό και δοκιμάζεται «σκληρά». Στην αρχή οι προς τον Θεό αιτήσεις, μικρές και μεγάλες, ακόμη και οι παρακλήσεις που μόλις εκφράζονται, συνήθως εκπληρώνονται με γρήγορο και θαυμαστό τρόπο από τον Θεό. Όταν, όμως, έλθει η περίοδος της δοκιμασίας, τότε όλα αλλάζουν και ο ουρανός φαίνεται σαν να κλείνεται και να γίνεται κωφός σε όλες τις δεήσεις. Στον θερμό χριστιανό όλα στη ζωή του γίνονται δύσκολα. Η συμπεριφορά των ανθρώπων απέναντί του χειροτερεύει· παύουν να τον εκτιμούν· αυτό που ανέχονται στους άλλους σε αυτόν δεν συγχωρείται· η εργασία του αμείβεται σχεδόν πάντοτε κάτω από το νόμιμο· το σώμα εύκολα προσβάλλεται από ασθένειες. Η φύση, οι περιστάσεις, οι άνθρωποι, όλα στρέφονται εναντίον του. Παρά τα φυσικά του χαρίσματα -όχι μικρότερα των άλλων- δεν βρίσκει ευνοϊκούς όρους να τα χρησιμοποιήσει. Επί πλέον υπομένει πολλές επιθέσεις από τις δαιμονικές δυνάμεις· και το αποκορύφωμα, η ανυπόφορη οδύνη από τη θεία εγκατάλειψη. Τότε κορυφώνεται το πάθος του, γιατί πλήττεται ο όλος άνθρωπος σε όλα τα επίπεδα της υπάρξεώς του.

Εγκαταλείπει ο Θεός τον άνθρωπο;… Είναι άραγε αυτό δυνατόν;…

Και εν τούτοις, στη θέση του βιώματος της εγγύτητας του Θεού έρχεται στην ψυχή το αίσθημα πώς Εκείνος είναι απείρως, απροσίτως μακριά, πέρα από τους αστρικούς κόσμους και όλες οι επικλήσεις προς Αυτόν χάνονται αναπάντητες στο αχανές του κοσμικού διαστήματος. Η ψυχή εσωτερικά εντείνει την κραυγή της προς Αυτόν, αλλά δεν «βλέπει» ούτε βοήθεια ούτε και προσοχή. Όλα τότε γίνονται φορτικά. Όλα κατορθώνονται με δυσανάλογο κόπο. Η ζωή γεμίζει από μόχθους και αναφύεται μέσα στον άνθρωπο το αίσθημα πώς βαραίνει επάνω του η κατάρα και η οργή του Θεού. Όταν, όμως, περάσουν αυτές οι δοκιμασίες, τότε θα δει ότι η θαυμαστή πρόνοια του Θεού τον φύλαγε προσεκτικά σε όλες τις πτυχές της ζωής του.

Πείρα χιλιόχρονη πού παραδίδεται από γενεά σε γενεά μαρτυρεί πώς, όταν ο Θεός βλέπει την πίστη της ψυχής του αγωνιστή προς Αυτόν, όπως είδε την πίστη του Ιώβ, τότε θα τον οδηγήσει σε απρόσιτες αβύσσους και ύψη δυσανάβατα σε άλλους. Όσο πληρέστερη και ισχυρότερη είναι η πίστη και η εμπιστοσύνη του ανθρώπου στον Θεό, τόσο μεγαλύτερο θα είναι και το μέτρο των δοκιμασιών και το πλήρωμα της πείρας, που μπορεί να φθάσει σε μεγάλο βαθμό. Τότε γίνεται ολοφάνερο πώς έφτασε στα όρια, πέρα από τα οποία ο άνθρωπος αδυνατεί να προχωρήσει.

Όσο ο άνθρωπος κατέχεται από την υπερηφάνεια, είναι έκθετος στις επιθυμίες της ιδιαίτερα οδυνηρής απελπισίας, πού παραμορφώνει όλες τις παραστάσεις σχετικά με τον Θεό και την πρόνοιά Του. Η υπερήφανη ψυχή, ριγμένη στα ερέβη του άδη, θεωρεί υπεύθυνο για τα βάσανά της τον Θεό και Τον αντιλαμβάνεται σαν πολύ σκληρό. Στερημένη από την πραγματική εν Θεώ ύπαρξη, ερμηνεύει τα πάντα με τη δική της θλιβερή κατάσταση και αρχίζει να μισεί και τη ζωή της και γενικά όλη την ύπαρξη του κόσμου. Επειδή μένει έξω από το Θείο φως, η απόγνωσή της την κάνει να φθάσει σε τέτοιο σημείο, πού και η ύπαρξη του Ίδιου του Θεού αρχίζει να της φαίνεται ως παραλογισμός χωρίς ελπίδα, γι΄ αυτό και η απώθηση του Θεού και το μίσος για κάθε ύπαρξη συνεχώς αυξάνουν.

Οι άνθρωποι της πίστεως αποφεύγουν αυτή την απόγνωση και το μίσος, γιατί με την πίστη σώζεται ο άνθρωπος· με την πίστη στο λόγο του Θεού, με την παράδοση στην αγάπη και την ευσπλαγχνία Του, με την εμπιστοσύνη στη μαρτυρία των Πατέρων της Εκκλησίας. Οι περισσότεροι από τους ευσεβείς χριστιανούς ίσως δεν έζησαν στην καθημερινή ζωή την ανάσταση της ψυχής, αλλά η πίστη σε αυτήν τους φυλάγει. Για την πίστη αυτή μιλούσε πολλές φορές ο Γέροντας παραπέμποντας στα λόγια του Κυρίου: «Μακάριοι οι μη ιδόντες και πιστεύσαντες» (Ιωάν. κ΄29). Έρχεται ώρα πού η πίστη αυτή θα εξάγει τον άνθρωπο από το σκοτάδι και την καταπιεστική δουλεία και θα τον οδηγήσει στην ελευθερία της αληθινής άφθαρτης ζωής, πού το μεγαλείο της είναι τελείως ιδιαίτερο, ανόμοιο με τη συνηθισμένη ανθρώπινη αντίληψη για το μεγάλο και το ωραίο.

Αλλιώς ενεργεί ο εχθρός διάβολος με όσους τον δέχονται και αλλιώς με όσους του αντιστέκονται. Άλλη η οδύνη της υπερήφανης απόγνωσης και άλλη η θλίψη της ευσεβούς ψυχής, όταν ο Θεός παραχωρήσει στο διάβολο να την πολεμήσει. Αυτός ο τελευταίος πειρασμός είναι εξαιρετικά βαρύς και σπάνια παραχωρείται.

Είναι ακατάληπτος ο τρόπος, με τον οποίο ο Θεός συμπεριφέρεται στην ψυχή…

Αλλιώς ενεργεί ο εχθρός διάβολος με όσους τον δέχονται και αλλιώς με όσους του αντιστέκονται. Άλλη η οδύνη της υπερήφανης απόγνωσης και άλλη η θλίψη της ευσεβούς ψυχής, όταν ο Θεός παραχωρήσει στο διάβολο να την πολεμήσει. Αυτός ο τελευταίος πειρασμός είναι εξαιρετικά βαρύς και σπάνια παραχωρείται.

Όταν ο εγκαταλειμμένος από τον Θεό για λόγους προνοίας άνθρωπος αισθάνεται για πρώτη φορά να τον πλησιάζει ο σατανάς, τότε όλο το είναι του, και η ψυχή και το σώμα, κυριεύονται από φοβερό πόνο και μεγάλο φόβο, πού δεν συγκρίνεται με το φόβο των εγκληματιών και των φονιάδων, γιατί σε αυτόν ενυπάρχει το σκότος της αιώνιας απώλειας. Τότε γνωρίζει η ψυχή ΤΙ είναι διάβολος. Γνωρίζει τη συντριπτική δύναμη και τη φοβερή σκληρότητά του και κατάπληκτη από τις κολοσσιαίες διαστάσεις του κακού πού στέκεται μπροστά της συντρίβεται ολόκληρη. Από τη φρίκη και τον τρόμο σφίγγεται και παραλύει, χωρίς να μπορεί να βρει μέσα της τη δύναμη να προσευχηθεί. Απουσιάζει ο Θεός-Αντιλήπτωρ, και μόνο ο εχθρός είναι παρών και της λέει: «Βρίσκεσαι υπό την εξουσία μου… Και μην ελπίζεις στον Θεό, αλλά ξέχασέ Τον». Σε τέτοιες στιγμές η ψυχή, μη θέλοντας να δεχτεί το διάβολο, είτε χωρίς λόγια μνημονεύει τον Θεό είτε στην καλύτερη περίπτωση επικαλείται το Όνομά Του. Μόνο όταν περάσει χρόνος, αποκτά επίγνωση ότι ο Θεός την προσέχει ιδιαίτερα στον αγώνα αυτό.

Στα γραπτά του Γέροντα θα δείτε ότι δοκίμασε δύο φορές έναν τέτοιο πόλεμο με το διάβολο. Την πρώτη φορά σώθηκε προφέροντας την προσευχή του Ιησού, δεν πρόφτασε μάλιστα να την τελειώσει και του εμφανίσθηκε ο Κύριος. Την δεύτερη, όταν ήταν πιο ισχυρός και ανδρείος, βρήκε τη δύναμη να καθίσει και να στραφεί με προσευχή στον Θεό και τότε έλαβε ως απάντηση τα ασυνήθιστα και παράδοξα λόγια: «Κράτα το νου σου στον άδη και μην απελπίζεσαι».

Τότε γνώρισε με ποιο όπλο νικιέται ο διάβολος. Σε κάθε προσέγγισή του η ψυχή στρέφει προς τον εαυτό της όλη τη δύναμη του μίσους της και ως έσχατο εχθρό της καταδικάζει τον εαυτό της στην αιώνια κόλαση προσθέτοντας: «Ο δε Θεός άγιος, αληθινός και ευλογητός εις τους αιώνας».

Εξοπλισμένη με τέτοιο όπλο η ψυχή ελευθερώνεται από κάθε φόβο και γίνεται απόρθητη από τον εχθρό. Μια τέτοια «έμπειρη» ψυχή, σε κάθε προσέγγιση του εχθρού ρίχνει τον εαυτό της με μεγάλη οργή στην άβυσσο του σκότους, σαν να αξίζει την αιώνια καταδίκη, και ο εχθρός ως φίλαυτος που είναι υποχωρεί, γιατί δεν αντέχει τη δύναμη του πυρός που συναντά. Αφού ελευθερωθεί από αυτόν, η ψυχή με καθαρό νου στρέφεται με προσευχή στον Θεό.

«Ο εχθρός έπεσε από την υπερηφάνεια». Η υπερηφάνεια είναι η αρχή της αμαρτίας. Μέσα της περικλείονται όλες οι μορφές του κακού: κενοδοξία, φιλοδοξία, φιλαρχία, ψυχρότητα, σκληρότητα, αδιαφορία για τα παθήματα του πλησίον, ονειροπόληση του νου, εντατική ενέργεια της φαντασίας, δαιμονική έκφραση των οφθαλμών, δαιμονικός χαρακτήρας της όλης παρουσίας, σκυθρωπότητα, πλήξη, απόγνωση, μίσος, φθόνος, ποταπότητα και σε πολλούς η πτώση σε σαρκικές επιθυμίες, η βασανιστική εσωτερική ανησυχία, η ανυπακοή, ο φόβος του θανάτου ή αντίθετα η επιδίωξη τερματισμού της ζωής με αυτοκτονία και τέλος, πράγμα όχι τόσο σπάνιο, η τέλεια παραφροσύνη. Να τα σημεία της δαιμονικής πνευματικότητας. Όσο, όμως, δεν εκδηλώνονται φανερά, μένουν για πολλούς απαρατήρητα.

Όλα τα συμπτώματα που αναφέραμε δεν χαρακτηρίζουν τον καθένα από εκείνους που «πλανήθηκαν» από δαιμονικούς λογισμούς ή οράσεις ή «αποκαλύψεις». Σε άλλους επικρατεί η μεγαλομανία, η φιλοδοξία και η φιλαρχία. Σε άλλους η πλήξη, η απελπισία, η κρυμμένη ταραχή. Σε άλλους πάλι ο φθόνος, η μελαγχολία, το μίσος. Πολλοί κατέχονται από σαρκική επιθυμία. Αλλά σε όλους ανεξαιρέτως υπάρχει έντονη φαντασία και υπερηφάνεια, πού μπορεί να κρύβεται πίσω από το προσωπείο ακόμη και της μεγαλύτερης ταπείνωσης.

Όταν ο άνθρωπος «πλανάται» από τον εχθρό και τον ακολουθεί, δεν κατανοεί ΤΙ είναι ο εχθρός, δεν γνωρίζει την ένταση του άμεσου αγώνα εναντίον του και πάσχει, γιατί οδηγείται από αυτόν από το φως της αληθινής ζωής στο σκότος που εκείνος διαμένει. Τα πάθη αυτά φέρουν επάνω τους τη σφραγίδα της πνευματικής τυφλότητας. Σε ορισμένες περιπτώσεις ο εχθρός με την υπερήφανη συνείδηση του δήθεν μεγαλείου του φέρνει κάποια ανήσυχη ευχαρίστηση. Σε άλλες, προξενώντας στην ψυχή μεγάλο πόνο, την ξεσηκώνει εναντίον του Θεού. Κι εκείνη, χωρίς να εννοεί την πραγματική αιτία των πόνων της, στρέφεται με μίσος εναντίον του Θεού.

Η ευσεβής ψυχή πάλι, πού γνώρισε την αγάπη του Θεού, πάσχει από τον άμεσο αγώνα με τον εχθρό. Η δύναμη του κακού που ορμά εναντίον της, η δύναμη του διαβόλου, είναι μεγάλη και ο άνθρωπος βλέπει καθαρά πώς αυτή μπορεί να τον συντρίψει τελειωτικά.

Στην πρώτη περίπτωση παλεύει συνήθως η ψυχή για πολύ, χωρίς να βρίσκει διέξοδο προς τον Θεό. Στη δεύτερη ο Θεός εμφανίζεται στον άνθρωπο μέσα σε μεγάλο φως, όταν τελειώσει ο καιρός της δοκιμασίας, της οποίας η διάρκεια και η δύναμη έχουν προβλεφθεί από τον Θεό, σε ορισμένες περιπτώσεις διαρκεί δύο έως τρία λεπτά, σε άλλες μία ώρα ή και περισσότερο, ένας μάλιστα ασκητής έμεινε στην κατάσταση αυτή τρεις μέρες. Η διάρκεια του χρόνου μπορεί να εξαρτηθεί από την μικρότερη ένταση του αγώνα αλλά και από τη μεγαλύτερη αντοχή του ανθρώπου, γιατί οι ψυχές δεν έχουν την ίδια δύναμη.

Δεν υπάρχει πειρασμός φοβερότερος από αυτόν που περιγράψαμε παραπάνω. Υπάρχει, όμως, πόνος μεγαλύτερος από όλες τις συμφορές της γης: ο πόνος και η οδύνη της ψυχής που είναι βαθιά τετρωμένη από την αγάπη του Θεού και δεν μπορεί να επιτύχει το Ζητούμενο.

Είναι ακατάληπτος ο τρόπος, με τον οποίο ο Θεός συμπεριφέρεται στην ψυχή. Αφού γεννήσει πρώτα σε αυτήν φλογερή αγάπη, έπειτα κρύβεται με ανεξήγητο τρόπο, και όταν η ψυχή απελπίζεται πια λόγω της εγκαταλείψεως, τότε Αυτός έρχεται πάλι γαλήνια με την ανέκφραστη παρηγοριά Του. Ορισμένες στιγμές το βασανιστήριο της Θεοεγκαταλείψεως ξεπερνά τα μαρτύρια του άδη, διαφέρει, όμως, από αυτά, γιατί εμπεριέχει τη ζωοποιό δύναμη του Θεού, που μεταβάλλει τη θλίψη στη γλυκειά μακαριότητα της Θείας αγάπης.

Όσο ζει ο άνθρωπος στο παχύ περίβλημα της σάρκας, δεν μπορεί να μείνει ασάλευτος. Σε ορισμένες στιγμές καθαράς προσευχής η ψυχή του ασκητή εγγίζει την πραγματική αιώνια ύπαρξη, που αποτελεί τον έσχατο σκοπό της. Όταν όμως τελειώσει η προσευχή εκείνη, η ψυχή ξανάρχεται πάλι στην κατάσταση ή της μέτριας αισθήσεως του Θεού ή ακόμη της κατά σάρκα αντιλήψεως του κόσμου και με αυτήν επιστρέφει και ένας «γνόφος» της σαρκός και μειώνεται η δύναμη της εσωτερικής πληροφορίας.

Σε πολλούς ανθρώπους η σαρκική αίσθηση του κόσμου είναι τόσο συνεχής, ώστε αυτοί σχεδόν δεν γνωρίζουν τίποτε άλλο και τότε γίνονται «σάρξ», η οποία δεν δέχεται το νόμο του Θεού. Ο ασκητής, όμως, βιώνει την επιστροφή από την καθαρά προσευχή στην παχύτητα της σαρκικής αντιλήψεως του κόσμου ως αποδημία από τον Κύριο. Ο Απόστολος Παύλος λέει: «ενδημούντες έν τω σώματι εκδημούμεν από του Κυρίου… Θαρρούμεν δέ και ευδοκούμεν μάλλον εκδημήσαι από του σώματος και ενδημήσαι προς τον Κύριον» (Β΄ Κορ. ε΄6-). Μόνο με τον αδιάκοπο αγώνα συγκρατείται ο ασκητής από την πτώση εκείνη, προς την οποία τον παρασύρει συνεχώς η σάρκα με το βάρος της. Και όσο συχνότερες και παρατεταμένες είναι οι πνευματικές του καταστάσεις, τόσο βαρύτερο είναι το βίωμα της καταβάσεως στη σαρκική αίσθηση του κόσμου.

Όταν ο ασκητής κινούμενος από το πνεύμα της αγάπης του Θεού προσεύχεται με βαθύ θρήνο, τότε φθάνοντας σε κατάσταση ανυπέρβλητη γι΄ αυτόν κατά τη στιγμή εκείνη απολαμβάνει την ανάπαυση του πνεύματος με την προσέγγισή του στον Θεό. Όταν, όμως τελειώσει η προσευχή, η ανάπαυση αυτή διατηρείται στην ψυχή για λίγο χρόνο, άλλοτε περισσότερο, άλλοτε λιγότερο, και ξαναγυρίζουν πάλι οι προσβολές των λογισμών. Η εναλλαγή αυτών των καταστάσεων οδηγεί σε διάφορα αποτελέσματα. Άλλοι από τους ασκητές, σε κάποιο σημείο της πνευματικής τους πορείας φθάνουν τη δύναμη εκείνη της προσευχής που εμπνέει στην ψυχή τους φόβο και τρόμο, ύστερα όμως βαθμηδόν η ένταση της προσευχής τους ελαττώνεται. Αντίθετα άλλοι καρτερικοί αθλητές προοδεύουν ακατάπαυστα ζητώντας συνεχώς μεγαλύτερο πλήρωμα προσευχής, ωσότου ριζώσει στην ψυχή τους η επιθυμία, ακόμη και η ανάγκη, να γίνουν άσπλαχνοι προς τον εαυτό τους, ωσότου δηλαδή να φτάσουν «μισήσαι και απολέσαι» την ίδια την ψυχή τους. Αλλά και αυτό, όπως βλέπουμε από τα γραπτά του Γέροντα, δεν είναι η έσχατη αγάπη πού δίνει ο Κύριος να γνωρίσουν οι δούλοι Του, δηλαδή η αγάπη εκείνη που η γλυκύτητά της κάνει τον άνθρωπο να υποφέρει εύκολα κάθε πάθος, ακόμη και το θάνατο.

Από το βιβλίο:

“Ο Άγιος Σιλουανός ο Αθωνίτης”, Αρχιμ.Σωφρόνιου (Σαχάρωφ), σ.248-263

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1938年,Staretz Silouan神父過世於阿陀斯聖山(Mountain Athos)*。單純的他,是俄羅斯的農人,二十幾歲便來到聖山,往後的五十多年,也一直定居於此。簡樸的他,在讀了一本關於聖山的小冊子之後,就決定前往聖山。冊子上說,聖母曾經允諾,若有人願意在這些修道院中服侍主,她就要守護他、為他祈禱。所以他離開村莊,心想:「如 果這樣做會得到聖母的守護,我就去聖山,至於我的得救,就是聖母的工作了。」他長期負責修道院的一些工廠,表現很卓越。工廠的運作仰賴年輕的俄羅斯農人, 這些農人為了帶回一些積蓄,他們留下來工作一到兩年,一點一滴賺取微薄的薪水,期待有一天,可以蓋一間簡單的小屋、開始新的農作、結婚,實現成家的願望。

有一次,負責其他工廠的修士們問他:「Silouan神父,為何你不曾監督那些工人,他們卻如此賣力的工作。然而,我們花了許多時間來看管他們,他們卻以個種欺瞞的手段,加以偷懶懈怠呢?」Silouan神父回答說:「我不知道啊,關於這件事,我只能告訴你我的作法。清晨之時,我一定先為他們祈禱過才會過來,為了他們,我帶著滿心的慈悲和愛前來,當我進入工廠,我的靈魂閃著愛的淚光。然後,我交代一天的工作內容,只要他們一工作,我就進入小房間,一個一個為他們祈禱。靜定在上帝面前,我說:『喔!上主, 請惦記著Nicholas,他那麼年輕,只有二十出頭,離鄉背井又告別比他更年幼的妻子和頭生子。你能想像這種悲情嗎,因為在家鄉的工作無法使一家大小得 到溫飽,所以必須離開妻兒。當他不在的時候,請保護他的妻兒,庇護他們免於災禍與不幸。給他勇氣,奮力度過今年,帶著錢,重返再次相聚時的甜蜜,也帶著足夠的勇氣,去面對種種艱難的處境。』」

而且Silouan神父還說:「一開始,我帶著慈悲的淚水,為Nicolas、他的幼妻和幼子祈禱,此時,神聖的氣氛圍開始在我身上增長,有時候,這氣氛增長得如此強大,我失掉了我所觀想的Nicolas、他的幼妻、他的幼子、他的所需、他的家鄉,我所感知到的,只有上帝,我沉浸在神聖氛圍的示現中,越來越深,直到忽然間,在這個示現的中心,我遇見包圍著Nicolas、他的幼妻和幼子的聖愛,和上帝的愛相容在一起,於是,我重新開始為他們祈禱,又一次,我浸入深處,在那裡,與聖愛相遇。如此,」他說:「我的白晝,都用來為他們祈禱,一個接著一個,直到白晝將近,我對他們說一些話,一起祈禱,然後,回到他們的棲身之處,我也回去完成修道院的文書工作。」

由此可見,默觀祈禱、慈悲心和行動中的祈禱(active prayer)是怎樣的一種掙扎和艱難的嘗試,因為,祈禱不只是在口中念著「惦記著,喔!上主,這一位、那一位,還有他。」祈禱是每一分每一秒,都與慈悲和愛合而為一。

*有一本描寫他生平的著作已經完成: Archimandrite Sofrony, The Undistorded Image, trans. By Rosemary Edmunds, The Faith Press 1958.

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